直子の部屋

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林家彦いち『楽写』楽屋語録と『楽屋顔』 寄席の見えないルーティン

先日 林家彦いち師匠の『楽屋顔』を改めて手にして
感触を確かめたくて元になった単行本『楽写』入手。

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楽写

楽写  文・写真 林家彦いち(小学館)

 

写真は映した紙の手触りや大きさで印象が変わる。

画像も何で見るかによって印象が変わるけれど
紙を再現することは難しい。

 

単行本は最初に手にした文庫本の手触りとまた違う。
写真の大きさと艶で変わる表情。

 

正楽師匠の楽屋で紙切りをする写真に
紙といえば私も信頼が高い
銀座 伊東屋の袋が写っていたことに気がついた。

 

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両方揃ったことで見比べてみると
文庫にないもの、文庫にしかないものに気づく。

 

ひとつは単行本の冒頭にある「楽屋語録」
彦いち師匠が先輩方から受けたお言葉15片。

 

「人生で大事なことはすべて楽屋で学んだ」

 

なんて大それた副題に続く楽屋語録は愛しき演芸の超訳で楽しい。

 

ヨイショの志ん駒師匠のは声を出して笑った。

♪ご祝儀は~歩いてこない、だからもらいに行くんだよ~

古今亭志ん駒

たしかにご祝儀も幸せも歩いてこない。

 

文庫にしかないのは
書き下ろしの「そして今日の彦いちは」

 

四代目桂三木助師匠宅の話「わすれられない穴」と
主任となり先輩から挨拶をされる立場になり
林家正雀師匠をしくじった怪談噺を思い出す「みえないルーティン」

 

『楽屋顔』は主に写真を楽しむ本となっていたので
一度読んだはずの内容もずいぶん忘れていた。
今だから沁みることがいくつもあった。

 

先代桂三木助師匠が亡くなった年は
私も初めて家族を亡くした年だと気づいた。

弔いって家族だけではどうにもならなくて
近い人達に手伝ってもらうもので
相談したい肝心な人が棺桶に入ってたりして困ったものだ。

今だからそう思える話。後日墓石にぼやいた話。
突然頼れる大黒柱を失った娘だった気持ちも思い出した。

 

彦いち師匠が初めて浅草の定席主任を勤めた楽日
正雀師匠がしてくれた主任を労う挨拶に
数百年続く寄席の見えないルーティンを感じた、という一文

脈々と続く寄席のルーティン
寄席の数や場所や時代が変わっても
続いていることにはごく当たり前のことが基本にあるのかなと思った。

たとえば挨拶も、労いも、
始まったら終わることも
入ってきたら仲間でやっていくことも
先輩後輩があっても今日の座頭にはきちんとするとか
大袈裟に言わない信用とか愛情とか。

ちょっとおセンチなことを書いた気もするけれど
演芸でも生活でも伝統にも最先端にも
積み上げていく日常はあってスピードや波や形が違うだけ
繰り返しの芯に戻れる基本があるのは強いと思った。

怪談噺が出てくる正雀師匠とのエピソードだったこともあって
100年以上続いたことはすぐに想像がついたからだ。

去年少し時間を使えて三遊亭圓朝の後年を追う自由研究の中で
怪談噺が圓朝から三遊一朝と繋がり
一朝から林家彦六(八代目林家正蔵
そして彦六師匠から正雀師匠に受け継がれた。

前座時代の彦いち師匠や白酒師匠の幽霊や声の役回りも
怪談噺という芸の中で受け継がれてきたもの。

いつだったか鏑木清方圓朝像や幽霊画と一緒に
昔怪談噺で使われた幽霊の被り物を見たことがあった。
彦いち師匠のようにしくじった前座もあっただろうし
謝って許されてがあっただろうし
そこから工夫して「不動坊」に出てくる幽霊がウリの噺家もいたかもしれない。


人物で知って現役の噺家まで繋がると真実味が格段に変わる。
昔々の本を手繰って面白くて調べるうちに
現代の噺家につながるのは楽しい。

彦いち師匠の『楽写』も『楽屋顔』も
今楽しい読み物でもあるけれど
噺家のルーティンを記録した時代資料のひとつとなっていく。

 

今更だが『楽写』が出版されたのが2004年11月
『楽屋顔』は2011年12月
楽写の写真たちは1997年(文庫版は1990年)~2004年までのものとある。
写真はもう20年前なのか。現代とはいつからか。

 

おまけ

f:id:entsunagi705:20240209233517j:image サライ』は推しの兼好師匠が載ってるのです

書いている途中で手にした『東京人』

落語協会創立100年特集に彦いち師匠の楽屋話の続きも
正雀師匠が彦六師匠から受け継いだ品も載っていた。

自由研究とあれこれ書き散らした話と繋がる読み物も多数。

五代目左楽師匠と橘右近先生の繋がりや
寄席文字橘流の成り立ちについても知らなかったこともあった。

今回の数え方でも左楽師匠は創立時の会長ではあったようだ(笑)

落語協会を創立した時代から100年
変わったもの、変えないもので落語の秘密が見えるかもしれない。

 

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