直子の部屋

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桂米朝師匠を楽しんでる話

米朝師匠の話を書いておきたい、と思ったら前置きが長くなりすぎて別記事にした。

entsunagi705.hatenablog.com

 

噺家さんの交友関係は、気づくほど面白い。ただ、関心を持つタイミングは大概亡くなった後だとか、別の興味から調べ物をしている時とか読んでいる本からということが多くて、本当の所の事実関係はわからない。「へぇ!面白いなぁ」と思うから書き残す方式なのでご了承ください。

先日借りた演芸本とCD。桂米朝師匠のCDは50年近く前でお声も若く、CDブックレットに噺への考えや工夫、実は高座で使った言葉で間違っているものなど、ご本人の言葉も残されていて、音源で聴くマクラと併せると今寄席で聴ける生の高座との違いを何倍も楽しめるもので、他も聴いてみたくなる。

「七度狐」には狐に騙された旅の二人が川を渡っているつもりで麦畑を踏み荒らしている様子が出てくる。”季節は初夏という気持ちでやっています”とあって、ふーんと思っていたら、今朝ウェザーニュースが今どきのことだよと教えてくれた。

二十四節気「小満」 梅雨の前の夏めく時季 - ウェザーニュース

”初夏は麦が穂をつけ、豊かに実るころ”が「麦秋」で暦では小満と重なる時期なのだそうだ。小満という文字を「しょうまん」ではない読み方をしてしまうのは落語ファンのご愛嬌。

「猫の茶碗」はバスを待つ設定になっています。知っているものと時代感が違って違う面白さがありました。江戸落語にも精通されているのがわかる文面もあり、茶店の親父がそこに至る経緯に明治の御一新騒ぎがあるとか。東京の古い型を演っている人も聴いてみたい。

そんな調子でCDに付録でついている読み物も面白がっていると、御子息 桂米團治師匠のインタビューで米朝師匠が噺家になった経緯が語られていた。一緒に借りていた本なのが面白い。

阿川佐和子のこの噺家に会いたい (文春ムック)

阿川佐和子のこの噺家に会いたい (文春ムック)

米朝師匠が子供の頃は爆笑王と呼ばれた初代桂春團治師匠が亡くなられた後、上方落語が弱っていて、上方は漫才ブーム、ラジオから流れてくるのは江戸落語。進学で東京へ上京して演芸評論家で作家の正岡容(まさおかいるる)を訪ねて一番弟子になる。その正岡から「上方落語を復興させるべき人だ」と言われて上方の四代目桂米團治師匠へ預けられ噺家人生が東京経由で始まっている、と書かれている。えええ!そうなの?と驚きつつ、思い出すことがある。

上方歌舞伎の復興に生涯つくした十三代目片岡仁左衛門丈が遺した品々。去年、国立劇場内にある伝統芸能情報館の収蔵品展示を見て、歌舞伎でさえ上方で上演が難しい時期があり、復興に尽力した人がいる。伝統が続くには続ける人とそれが必要と言う人、支援する人が要る。

話を戻して、正岡容という人。詳しくないけれどかなり最近破天荒な人として知った名前だった。そういう人の一番弟子が米朝師匠?

記憶をたどると手元の本にすぐ辿り着いた。新宿末廣亭を建てた北村銀太郎さんの聞き書き本「聞書き・寄席末広亭―席主北村銀太郎述 (平凡社ライブラリー)」だった。

読み返すと正岡さんはとにかく珍しい寄席好きなんだけれど、感情の起伏が激しくてまとめて弟子を破門にすることもよくある人。破門されたことがなかったのは桂米朝さんくらいだろうとある。

併せて「寄席文化講座」の全国巡講を講師2名芸人1~2名であらゆる学校・企業や同好会に正に「呼ばれればどこへでもゆく」人で日本独自の市井芸術のよさについて、機会あるごとに世の老若知識人たちに呼びかけて認識してもらおうという気概を持った人らしい。小三治師匠や痴楽師匠も巡講に同行したとか。意義を唱える気概がある人がいる時代は(振り回される人は大変だろうと思いつつ)今時のネット経由と違う気概のバトンのようなものが人の繋がりにあるように感じる。

米朝師匠が四代目米團治師匠のお弟子になられた頃は上方で噺家をしていた人はどれぐらいいたのだろうか。今は米團治師匠はじめ上方落語を東でも楽しむことができるし、SNSで近況を知ったり交流さえできてしまう。米朝師匠のお顔は子供のころからテレビで見て知ってはいたけれど、落語にハマってから改めて知る機会になったのはべ瓶さんと米左師匠の配信だった。それまで枝雀師匠やざこば師匠のお師匠さんという認識も薄かったぐらい。


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落語の面白さはわかりやすくひとつコレ、というのが言いにくいものだけれど、噺しの中にも、噺す人の中にも、師弟の縁にも面白さがある。知れば知るほど工夫や言葉の面白さを感じたり、流行り廃り復興隆盛の波も見える。米朝師匠の落語はもう音源や映像でしか楽しめないけれど、アーカイブされているものの中で、今は少しお若いころの高座を聴きたい気持ち。読書のスピードはなかなか上げられないけれど、興味を持った時が聴き時。ご縁を知りつつ、もう少し米朝師匠の高座も楽しもう。