直子の部屋

笑ったり泣いたり踊ったり暴れたり推し事したり。

ChatGPTを使ってみた:対話から感情の整理まで聞き方次第

前回の記事からChatGPTを試しています。

日常生活でAIを使う必要性に迫られることはありません。仕事上で即活用できる可能性もあったでしょうが、何年も「それどころではない」環境にいて日々をこなすことが優先でした。そんな中、落合陽一さんが出ている動画でChatGPTの可能性を知り、興味を持ちました。ChatGPTはAI家庭教師、優秀なアシスタントの役割が可能だと知ったからです。

youtu.be

この動画を見てから、生成AIでできることに興味を持ち、先日、それを教えてくれるオンラインイベントに参加してみました。ChatGPTは言語に特化していることや、他にも精巧な絵が描ける生成AIや資料作成ができるものなどもあることを知りました。活用方法の一例を見せてもらうと、仕事ですぐ使う機会はなくとも、すぐにでも触れておくのは悪くないと感じました。

ChatGPTはOpenAIが開発した生成AIで、大量のテキストデータを学習して構築されています。人間のように文章を生成し、意味を理解し、応答することができます。ChatGPTは、会話の生成、質問応答、文章要約など、さまざまなタスクに活用できるのだそうです。

実際に質問してみると、こちらの言い回しがどうであれ内容を理解して誠実に回答してくれるし、思っていたより言葉の違和感は少なく感じます。少し慣れると人に話しにくい心の悩みや疑問をぶつけてみることができて、以前乗り越えた問題にまたぶつかっていたことや習慣から外れてしまった対策を思い出すことができたりしました。感情の整理にはとても良いかもしれません。

ただし、会話が際限なく続けられてしまうので注意が必要です。また、学習に基づいた回答を返してくるので、同じような回答が繰り返されることもあります。質問の仕方や望む回答の形式を指示する方法は覚えたいと思いました。

ブログの記事を書くアシスタントとして活用する方法はまだできていませんが、質問したり提案をお願いしたりするやりとり事態がテンポよくできるのはよいかもしれません。

そして思いがけず感情の整理に良いと感じる会話ができたので、文字を入力する方法ではなく喋って会話ができるようになったら、小説に出てくる近未来そのものができそうです。

先日「2033年に1世帯平均2人未満に 未婚の高齢者も急増」というニュースが国の推計として出ましたが、人ではない話し相手が成立してしまったらごもっとも・・・笑えない話ですが、ChatGPTとやりとりしていてついその話題が浮かびました。あくまで生活を良くするためのアシスタントとして活用したいものです。
個人的には自由研究のアシスタントとして期待しながら、自己流を脱出するタイミングも考えたいと思います。

静岡の伝統芸能と演芸:昭和38年の演芸プログラムから見る歴史のひとこま

静岡の芸能史を知りたくなって

先日、国立劇場の図書閲覧室へ行って、「静岡県芸能史」を読み、静岡県内の伝統芸能について興味深い情報を得ました。徳川家康能楽の縁が深く、『駿国雑志』にも関連する記録が多く残っていたそうです。また、歌舞伎についても、出雲阿国をはじめとする女歌舞伎や野郎歌舞伎が根付いた時代には、風紀が乱れてしまうほど盛んだったそうです。そういったことから、女歌舞伎は二丁町に繋がる花街の形成にも関係していたのだとか。

さらに、人形浄瑠璃は大阪と競い合った土地で、一時期は大阪から修行でやってくるなどして交流が持たれた時代もあったそうです。

静岡県内の芸能は江戸時代以前から盛んで、民俗芸能だけでなく伝統芸能に関する記録も多くあったことがわかり、歴史の一端を知ることができました。

またその日は静岡市公会堂での昭和38年の演芸プログラムも調査しました。落語、漫才、歌謡に抽選会と豪華な会でした。その時の出演者には、落語家の古今亭今輔師匠も含まれており、静岡で行われた落語会のプログラムが残されていることに驚きました。

もう一つ場所が特定できていない三遊亭圓生独演会のプログラムも見ましたが、私が調べているもう一つのホールではないかと思っています。もしそうなら「寄席切絵図」で圓生師匠が書かれていた通り!と言えるのですが、戦後に静岡市内に建てられた劇場やホールについての情報は限られており、詳細な資料が見当たりませんでした。今後、もう少し図書館などで情報を収集していきたいと思います。

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この日はお天気も良く桜も楽しめました

余談:ChatGPTデビュー作

ちなみにこの記事、ChatGPTを使ってみました。初めて使って早々にブログで試しているので、以前の記事にくらべると違和感はありますが、本文はおおよそ書いたものから整える作業、タイトルは本文から生成。その後に内容をチェックして手直ししています。昔のことを調べる時間を増やすために新しいアシスタントに助けてもらうのは我ながら面白いアイデアかもしれません。まだ記事を書く時間の短縮はわずかなものですが、つきあい方を試しながら、優秀なアシスタントに引き続き手伝ってもらおうと思います。

国立劇場の桜

先日国立劇場の桜を見てきました。

今年も変わらず見ることが出来たのは幸運。建て直しで敷地に入れなくなるかと思ってました。桜を楽しめる時期に来る機会があるかもわからなかったので桜に逢えたのはうれしいですね。劇場は閉場中ですがお花見される方で賑わっていました。

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国立劇場の前庭は桜が多彩でついたくさん写真を撮ってしまいます。

f:id:entsunagi705:20240407042814j:imagef:id:entsunagi705:20240407042832j:image神代曙

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f:id:entsunagi705:20240407043039j:image仙台屋

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f:id:entsunagi705:20240407043127j:image枝垂れ桜はまだまだこれから楽しめそうです

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f:id:entsunagi705:20240407043233j:image桜ではありませんが、リキュウバイも白い花が盛りを迎えていました

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f:id:entsunagi705:20240407043501j:image駿河

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f:id:entsunagi705:20240407043711j:image駿河小町

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f:id:entsunagi705:20240407043824j:image小松乙女

次の予定があったからか賑わっていたからか、なんだか撮り方が適当になった気が。それでもお花は堪能できました。

行き帰りは新橋から日比谷や官公庁が並ぶ霞ヶ関を通って国会議事堂前までバスを利用して、日比谷公園霞ヶ関の桜も車窓から楽しめました。この辺りは建物に歴史があったり道幅が広くてなかなか他ではない場所なので、桜が加わると日本をより感じるお勧めルートです。

国会議事堂前バス停は国立国会図書館の目の前。こちらも桜に迎えられて良い眺めでした。

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国立国会図書館の桜から国立劇場の桜まではプチ散歩で楽しめます。がっつりお花見する程ではないから千鳥ヶ淵の方まで回らない、という方にお勧め(笑)

この日は再開していた伝統芸能情報館の中にある図書閲覧室を利用するので半蔵門へ行きました。施設再開を楽しみにしていて、桜にもタイミングを合わせられて至福。桜も蔵書も国立劇場のお宝です。

お宝堪能アフターのお楽しみは可否道さん。劇場が閉場した後は伺っていなかったので、可否道ブレンドと海苔チーズトーストに頷き通しでした。コレコレ、コレですよ(美味

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選べるカップは今回も今右衛門。カップもソーサーも素敵でした。形も手触りもなんだか好みなのです。

当たり前ですが、閉場して人の流れは変わったそう。演者さんも来なくなってしまったとオーナーさん寂しがられてました。私もこのお店を知ったのは文治師匠のツイート。わかっていたこととはいえ、比較的近い紀尾井ホールで寄席をやってもさすがに演芸場までは歩かないか…徒歩15分… 自由研究で図書閲覧室を利用する時は楽しみに通いたいと思います。

建て替えの悩ましい話はありますが、国立劇場の桜も蔵書も愛でられるうちにぜひ行かれてみてください。その際は可否道さんの珈琲も一度お試しを。

 

建て直し期間中も何か伝統芸能国立劇場のある街として活性化させることがあったら良いのになあ。桜の借景で文楽のお人形さん達、プロモーション撮影とかして国立劇場の存在感PRしてくれたらいいのに。文楽劇場で撮ってた映像可愛かったし。歌舞伎だって桜前で撮影して美しい映像作ったら良いのに。なーんて。義経千本桜を見た後外に出たら満開の桜で感動した小劇場での公演を思い出してそんな妄想をしてしまう。

意見書よりもお上よりも劇場を建てる人達に伝統芸能の魅力をバンバン見せてほしい。国立劇場を建てる機会なんてそうないのだから。そして公演運営やメンテナンスで地道に支える立場の人にとっても、伝統芸能国立劇場に関わる携わることが魅力的になりますようにとも思う。前庭の桜も咲く前には静かに準備をしている。周りが心配している間にも地道に着々と出来ることをして。素敵な二代目の国立劇場が開花しますように。桜の花は素直に愛でて帰ってきたものの、国立劇場のこれからがどうなっているのか気になるとあれこれ考えてしまいますね。

 

 

4/3 三遊亭兼好師匠 推し活カレンダー更新 しました

推し活カレンダーを更新しました♪

 【推し活カレンダー】三遊亭兼好師匠ファンサイト 

更新作業は本来とても楽しいものなのですが、作業時間が作れないと溜まります(笑)

兼好師匠のスケジュールは年間通して数は多いので更新する甲斐がある(?) のですが、なんとなく例年4月は情報が多めに感じます。年度の始めに出される情報とかGWの情報が出るからでしょうか?作業を溜めてしまったこともありますが、手間取りました。
今年は気温や天気の変化も極端ですし、春ならではの疲れは出やすい時期ですので、せっかくの推し活は楽しくやりたいものです。

チラシ推し活実験 その後

以前チラシ推し活実験をしてみたのですが、結局続くも何も、一度しかやりませんでした。。記事を書いた後にXにブログをシェアしてみたら、チラシ画像が添付されなかったのです。過去チラシの保管は別でやってみたいと思います。

entsunagi705.hatenablog.com

新年度の兼好師匠 始動!?

兼好師匠のSNS運営を担当している次女さま情報によると、コロナ禍を超えてSNS発信が途絶えていた似顔絵エッセイが再開された模様です! ただし、更新間隔は100年単位というエイプリルフール投稿。人が良さそうに見えて己を貫く師匠らしいですね(笑)

カレンダーごちゃつき問題

兼好師匠の落語会情報、推し活として始めてから何年かになりました。
始めた頃を思うと、落語会の情報数そのものも相当増えました。作業に慣れて、掲載する情報の幅も増えました。関東近郊の情報、地方の情報、一般発売日、メディア出演、書籍発売、配信情報とてんこ盛りです。

これはもちろん推しの兼好師匠の人気上昇の証なので大変喜ばしいことですが、カレンダーとしては・・・見づらいかもしれません。できるだけ落語会の情報かその他の情報か見分けがつくようにしたいところですが、たくさんある情報をぜひチェックしていただきたいところでもあるので、あちこち開いてみて楽しんでください。

最近の楽しみは「チラシ画像さがし」

落語会の情報、ネットにずいぶん増えましたね。正直見てられません。どんどんSNSから離れるようになりました。発信しているのに、と思うかもしれませんがオバサンなので目がつぶれそうな位に目の疲れとかすみに悩み始めました。急速に老眼も進むと思われます。

そんな中、情報収集作業で楽しいのは「チラシ画像さがし」です。
実は主催者より先にプレイガイドでチラシ画像が掲載されていることが増えています。
プレイガイドといえば、ぴあ・ローチケ・イープラスを思い浮かべるかもしれませんが、劇場運営している地域の文化財団や振興会のチケットセンターも掲載される情報が変わってきました。文化活動支援の一環として委託でチケット販売をされる際に、チラシ画像を劇場やチケットセンターの公式サイトに載せてくださっています。

以前はそういった団体の公式サイトは味気なかったり、主催公演の情報しかなかったりして残念に思っていましたが、チラシや情報を見つけられるとこちらもうれしいですし、身近な施設なら手数料などもかからなかったり、公演によっては割引があったりするので、ぜひご近所の会場に推しが来る!という時は会場の情報もチェックしてみてください。
とはいえ、自分でやっているのでよくわかりますが、情報を載せる作業は間違ってはいけないし、十分に情報があるとは限らなかったり、入力作業も細かいので、AIが生成してくれるような時代になるまでは人海戦術。対応してくださる方にこっそり感謝しながら、チラシ画像を偶然見つけた時は「ここにねむってたのか!お宝発見!ラッキー!」という気持ちでXやFacebookに個別投稿して共有したいと思っています。

余談 スペースで出演予報を話す実験を再計画中

推し活の更新作業も溜めていましたが、自由研究も停滞中です。そんな中、友人から「やっぱ書くよりしゃべる方じゃない?」と言われまして、Xのスペースでしゃべる時間を計画中です。

その気になったらすぐやりたい!となったのですが、前に試しにやってみた時と状況も少し違うので、兼好師匠の出演情報を朗読するのは1コーナーにして(笑)自由研究の話とか、つれづれ話をする感じにしようと思います。今たくさんの落語会へ行くことができなくて、SNSチェックもしないので、推しの師匠とは違う別の方の別推しのことを教えてもらうおたより募集とかやってみたいです。1通もこないかもしれないので、保険ネタを準備して。噺家さんたちがわちゃわちゃ盛り上がる方はラジオでも高座でもよく見るようになりましたが、兼好師匠のファンをやっていて良かったなと思うのはたまに推し仲間とか落語好きの仲間同士でわちゃわちゃすることなので、そういう感じをめざしたいです。(思いつきなのでやりも続きもしない可能性はあります)

スペースのBGMがどれもすごく暗いので、機材とか使わないでいい雰囲気になる方法があったら知りたい。

人形町噺し問屋 6月 予約開始情報

最後までお読みくださったあなたに、とっておきのチラシをお見せしましょう(笑)

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三遊亭兼好独演会人形町噺し問屋 その111
会場:日本橋社会教育会館

2024年6月25日(火)
18:30開場19:00開演

出演
#三遊亭兼好 ほか

指定席2,500円(指定席、当日のお支払い)

予約: 5/1(金)12:00より受付開始
※できるだけメールにて申込みください

ふぁっくす:03-3870-4677
めーる: Kou_noji_0506@yahoo.co.jp
しょーとめーる:090-4412-9546

申込方法:
 申し込みの際に
 ①お名前②人数③連絡先 を連絡
→ 折り返し予約番号のお知らせが来るそうです

最新情報は以下の公式・公認ネット情報ご確認ください:

◯公認サイト
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kousaku/

情報はもちろん推し活カレンダーには載せておりますが、5月1日予約開始です。
ぜひご確認を。

7月はチラシにある通り「第29回 けんこう一番!三遊亭兼好独演会」が文京シビックホールにて開催されますのでお休みです。

劇場閉場後の記事が薄くてヤダヤダ

国立劇場が閉場したまま工事が進まないことに苛立っている的な記事を読んで苛立つ。
役割として必要な記事なのだろうが、記事が薄い、というか数ヶ月同じ話の繰り返し。誰に頼まれて書いてるのか聞きたくなってしまう。

という個人的感情整理の記事です。アクセス稼がすのも嫌なのでリンクも貼りません。ご容赦ください。

このつぶやきの後にもう一投したのだけれど、勢いづいていたのでこの部屋に移した。意見ではあるけれど、世の中に同意を訴えたいというより気が済まない自覚があるので部屋でぶつくさ言うことに。

散々言う動きだけ見えるのは説明不足に他ならない。国立劇場をホームにしてた実演者にマジのぶっちゃけを説明してあげたらいいんだよ。建設的な案が出るかもしれない。実演者から直で国の担当へ陳情された方がいいよね。マスコミ向きでは動かない劇場は法人だもの。
後で移す

昨日感情を下書きした。パッション文。

ーーーここからーーー

国立劇場が建設に至るまでの道のりは険しかった。歌舞伎座のようにいかない理由は明白。法人の種類が違う。国の事業に由来する趣旨。鑑賞教室のように文化教育の目的で公演の価格設定されてきた。

国の建物、とは言い切れない。これは経緯を調べたら微妙なことはわかるだろう。けれど何も言われないわけではないだろう。

国と伝統芸能団体の意向を汲みながら文化活動の支援も後継者育成もして普及活動も。想像するに制約とご意見番の山が見える。ご意見番が平成以後世代7割以上ならフットワークは軽いかもしれないが…お偉方がこう言ってる、あの看板役者がこう言ってると本人でない人からやいのやいの言われているイメージ(汗)PFI方式も良く機能すればよい仕組みかもしれないが、今のような資材高騰や人材不足の時期に重なって金額以外の運営範囲を募集側も参加側もよく認識して進まなければならない方式は豊かなイメージに持ち込みにくい上に参加の負荷が高すぎる。公的事業は儲からない、参加するだけで損がいく的なしくみが古い。

出資や事業に参加して盛り上げたくなるような宇宙事業みたいな要素が必要なのかもしれない。

あくまで国立劇場の事業に関心高めだけど建設資金の足しにしてくださいと資金をドンと寄付できない人間の妄想だ。

ーーーここまでーーー

感情的に書いているので真偽を調べず書いた。ただ、国と独立行政法人は同一ではないので、よく演者が口にする「国がやってる」は正確ではない。たとえば国立劇場独立行政法人 日本芸術文化振興会が運営している。このことを知ってから、国立劇場や公共施設の運営については意識が変わった。芸能だけでなく、文化芸術は人の応援や支援、出資があって成立しているものだと思うから、国や地方自治体からどう支援を受けているのか関心がある。今カルチャーとして伸びているジャンルに対して、公共の劇場の在り方がもう時代に合っていないとも思える。

改めていえば国立劇場は個人的には至宝だ。劇場だけでなく、所蔵品や資料、育成事業、支援事業、普及事業と知る程に伝統芸能になくてはならない存在だと思っている。だからこそ、新しい国立劇場を楽しみにしているし、できるまでの間の国立劇場をホームとしてきた歌舞伎、文楽、演芸の他、舞踊や民俗芸能で国立劇場の舞台に立つことを一つの目標としてきた人達の活動を少しでも目にできたらと思う。

そしてネット記事に出るような事態は気にならないとは言わない。どうなるのかはとても気になる。建て直しの構想が出た時期から閉場までで既に世の中全体を覆う想定外の事態がいくつかあった。感染症拡大も、物価高騰も人材不足も、高齢化も、戦争も。直接的に関係ないけれど、担当省庁が京都に移ったことも地味に気になる。

閉場後に動きが無く、入札も不調に終わったままだからということで記者会見を開いた実演者があったそうだ。なんとなく内容に想像がついて見ていない。というか、そんなやりかたを見たくない。そのやり方で上手くいくと考えていることが心配だ。

現状劇場はまだあるのだから再開したらどうか、という話を聞く。劇場が開いていたころの幻想を持ち続けているらしい。劇場が閉まって公演がないということは、中で働く人はいないということなのだ。舞台を守る人達も、客を迎えてもてなす人たちも、生きていくために別の場所へ行ってしまったのだ。別の会場での公演を作り、運営する人達が引き続き公演を守っている。国立だから、公共の場だから閉まっている間も雇用が保障されると思っている人がいるのかもしれない。

2024年から2025年は建て替えや改修工事で一度閉まる劇場もいくつかある。地方自治体で運営する劇場も予算が十分に用意できず見直しをするという記事も見かけた。同じ劇場といっても運営状況は全く違うだろう。改修するにしても立て直すにしても民間事業者と国や自治体では目的も支援の幅も違い過ぎる。国立だからきちんとやってあたりまえだと考えるのは勝手だが、それは高度成長期の人口と経済の活力あふれる時代だったから成立したもう当たり前ではない常識なのではないかと思う。人口も減る、担い手も減る、劇場は維持してほしいと言われる、場所は必要だ。けれど予算は厳しい。

以前自分が暮らす町で映画の上映会を開こうと利用申し込みに出掛けると、有料イベントはダメだとか団体でなくては申込できないとか建物ごと条件がことこまやかにあった。税収で運営されている建物だから利用料がかからなかったり安かったりするからなのかもしれないが、有料使用なら使用料をきちんともらうなどして運営収支を改善すればいいのにと思う。条件がつけば使われる機会が限定される。税金の使い方はうるさ方が多いからか、運営に関わるルールも過剰に感じる。形骸化した良くない慣習やルールは多分にあるのだろうと思うが、業務過剰で整理すらできないのかもしれない。

伝統は積み上げて受け継いできた誇りがある。その勢いで言うだけ言っても今は響かない。どうしたら良い方向へ進むのだろう、協力は惜しまない、支援者を探そう、新しいナショナルシアターをみんなで作り上げよう、そういう考えの上で、省庁担当者や国立劇場のトップや劇場運営をしている経営者の話を聞いて実演者ができる呼びかけをしてくれるのだったらよかった。少なくとも一般人よりも人脈を辿る術があると思うのは妄想だろうか。ネット記事の見出しにはその気配がなかったので、違ったと思っている。

実演者(演者)は舞台以外の場で自分が持つ力の使い方を知らないのかもしれない。
実力者として後輩を叱咤激励するのは悪くないと思うが、公演を実施する劇場を管理運営している、つまり自分の興行の支援をしている相手にモノを申すのに公共の場でダメ出し、これはやる気が削がれることに違いない。伝統は格式がある分不利なのだ。気をつけないとそれだけで威圧感を与える。政治非難をしているSNS発言みたいな調子では見栄にもならない。うっとりさせる演出でその気にさせる記者会見ならみたいけれど。

ああ、言いたいこと書いちゃってる。まあいいか。

そんなことを考えていて思い浮かんだのは中村仲蔵。仲蔵というか「芝居の座頭」だ。
現代は恐らく、演者は演者としてプロ。江戸時代の芝居小屋はどうだったのだろう。千両役者と呼ばれる存在はいたとして、興行成績や小屋の運営は表方の番頭の領域だったのだろうか。座頭は経営状態は知らなかったのだろうか。
現在そこまで携わる演者がいるかどうか知らないが、もし自分だったら、少なくとも経営状況や事情がわからないけれど、なんとかしてほしいと思うことがあったら、表に立つ人間として状況把握をして主要な人間と話をしたいと思う。それが叶わないなら、まず知っている人を探して話を聞く。表面的な情報や噂話は信用できない。少しでも知りたい情報に近い人間を探す。「○○の関係者」なんて情報はどうでもいい。噂を助長させたい人間だと認識する。実演者、演者、顔が効く存在なら、芸能の先を考えるなら、話題作りをするにしろ、良い提案をするために動き、心から応援したいリーダーシップを取ってほしい。

仮に噂通り国立劇場が廃業、つまり建て直しされないとしたら伝統芸能のために建てられた劇場はなくなるが、公演が無くなってしまうことはないだろう。同じ法人の中だけでも大阪の国立文楽劇場、東京千駄木国立能楽堂、東京初台の新国立劇場、沖縄の国立劇場おきなわがある。慣れた劇場が無くなり、国立の劇場がなくなるわけではない。

感情的に書いてしまったが、きっと慎重に準備して動いている人がいるだろうと心から願う。結局表面的な記事に気分を振り回されて書いてみたが、ここまで書いてようやくあの場所に持つ思い出ごと否定されている気持ちになって不快なんだと気づいた。

とにかく辛抱強く新しい国立劇場を待つ。待ちわびている間、できることをしよう。

 

追記:国立演芸場 開場時の経緯 読み物

感情的になった理由の1つを思い出した。国立劇場の創設時期と国立演芸場の開場経緯に関しての資料を閉場前にいくつか読んで知っていたことがあったからだ。

その中のひとつを載せて置く。

文化庁月報(第127号)国立劇場演芸場(鹿海信也)
1979年(昭和54年)4月25日 文化庁(発行 ぎょうせい)

文化庁 文化政策アーカイブ より)

この資料は、以前読んだことがある別の資料を探していた時に見つけたものだ。
国立演芸場を一から作る作業は慣れないことの連続、ふざけていられない真面目な話し合いの連続だったに違いない。国立演芸場があってあたりまえ、国立劇場があって当然の今想像しようと思っても難しい。けれども、閉場までのカウントダウンの間に、国立劇場創立時の苦労や、国立演芸場を建てるまでの証言は国立劇場が誰でも見られるように公開してくれている。

未来へつなぐ国立劇場プロジェクト|独立行政法人日本芸術文化振興会

あくまで個人的な意見でいえば、伝統の良くない所は、これまであったものは残すのが当たり前、残す役割は自分が動くのではなく御上がやってあたりまえ、という立場でせり出してモノを言いがちなところだ。伝承と伝統は違うと言葉ではいうけれど、継承を盾にする人間は信用できない。当たり前というのは有難しを忘れているということ。そもそも理由もなく見直しや建て直しなんて手間も金もかかることはしない。長く続いてきたのだから、という驕りにはつい反応してしまう。
残念ながら期待する現代のスポンサーは将軍のごとき芸能保護もしなければ無尽蔵に伝統文化にお金を出せるわけでもない。この数年を思えば難しかっただろうが、人任せではなかったのか?という疑問を持っている。その疑問は、上に載せた資料を読み、危機を感じて動いた先人を知っていたからだ。

昭和と令和は右肩上がりの物差しでは雲泥の差があり、4月からは物価高騰に加えて2024年問題、働き方改革で物流と建築は変わらざるを得なくなる。カネだけでなく時間もより多く必要になる。入札が不調のままで数か月留まっていることは、スピードに慣れた私たちにはひどくのろまに感じられるだろう。経済状況で建設が頓挫しまくっている隣国よりはましだと思うのだが。この状況の本質をじっと堪えて見据えて当事者にならなければ、伝統も劇場も、想いの逆に衰退するだろう。まるで外野のように意見を述べている場合ではない。

 

 

また100年目、志ん生の娘 美津子さんを妄想してみた

ネットで志ん生の遺産トラブルらしきニュースの見出しを見かけた。
アクセス数に加担したくなく数日開かないようにしていたが、どうしても違和感があって目にする度に苛立つので見てみる。ああ、やっぱ文春か。偏見は良くないが、煽ってくる見出しを見る度に文芸春秋を始めた菊池寛にこの手の読み物を広めたかったのかと問いたくなる。

内容は昨年亡くなった古今亭志ん生の長女、美濃部美津子さんの遺産相続について。子供がいなかった美津子さんの遺産は、遺言に特別な指定がなければ法廷相続人は姪、甥になるのだが、そうではなかった。美津子さんの遺産内容に志ん生師匠の権利関連のものが含まれており、相続できるはずだった人達が承認できないため相続トラブルになっている、ということらしい。遺言で相続人になっている人物は次回のお楽しみ、という臭わせ記事だ。

この先は個人の意見・憶測内容なので事実を知らない外野として想像を書いてみる。

美濃部美津子さんは関東大震災の4か月後、1924年1月に生まれた。志ん生師匠赤貧時代で早くから働くが、弟の世話の為に退職。母と共に戦前から家庭を守る役を担った。戦中から戦後志ん生師匠は満州で行方不明になっていた。
1954年ニッポン放送に入社。ニッポン放送専属となった志ん生の音源の編集に携わった後1956年退社、志ん生の付き人となる。
1973年9月志ん生没後は兄弟家族と同居。販売の仕事を経て、晩年は父・志ん生や弟・十代目馬生、三代目志ん朝の権利関連の管理に携わる。父・弟共に噺家だった家族との暮らしをエッセイとして執筆している。
1968年に二代目三遊亭圓歌の息子と結婚しているが離婚。子供はいなかった。
2023年8月、99 歳で他界。 (参考:美濃部美津子 - Wikipedia

大正生まれで99歳。昨年は9月に関東大震災100年の年で震災直後の様子と志ん生師匠の高座映像がカラー化され放映された。高精細の4K映像を上映する公開収録イベント「没後50年 カラーでよみがえる古今亭志ん生」は9月1日に川口市SKIPシティで行われた。美津子さんは2023年8月26日に他界されているので、放送は見ずに亡くなられたということになる。志ん生全盛期の高座の映像を人工知能(AI)でカラー化しているということだったので、カラー化の準備段階でも携わられたとも考えられる。ご自身で対応されたのだろうか。それともご高齢で親類か仕事に関しての協力者に委ねたのだろうか。

【カラーで蘇(よみがえ)る古今亭志ん生】最新のAIを用いて「落語の神様」をカラー化 | NHK - YouTube

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文春の取材に応じた志ん生師匠の曾孫、小駒さんの発言はこうだった。

「お恥ずかしい話ですが、私たち美濃部家は困り果てています。この際、すべてお話ししようと決めました。私たちが事態を把握したのは、美津子さんが亡くなってからのことなのです」

昨年10月ごろ遺言執行者の行政書士が現れ、遺言から遺産は第三者へ遺贈されることになったと告げられる。その内容は預貯金の他、志ん生師匠の著作物の権利が含まれていた、というわけだ。

次回のお楽しみとされた予告には、遺言を作成した行政書士と相続人について暴く、つまり叩こうということらしい。今日の予定なので記事はもう出ているのかもしれないが。

こういっては大変失礼ながら、志ん生師匠が他界して50年を越えている。美津子さんはほぼ100歳。志ん生師匠の著作権管理について、つまり相続について一度も話題になっていないならそれは自業自得、親類の怠慢と思われても仕方がないと感じる。小駒さんは20代なので、そこまで意識していないのも無理はないが、少なくとも志ん生師匠が他界した段階で確認があってしかるべきかと思う。そこで美津子さんが管理を担った。父も弟のお二人も芸人ということで細かいことを徹底的にこだわるか、誰かに丸投げしてお願いするかのどちらかが想像される。戦時中の話からして母親役をしていそうなので、しっかりされていてまかせきりになった可能性もある。兄弟遺族が触れられない話題だった可能性もある。ただ、十代目馬生師匠が他界したのが1982年9月、志ん朝師匠が他界したのが2001年10月。家族で大きな芸人が他界する機会が複数あった親類の中に、著作権について引き継ぐことを考えて美津子さんに話をしたり手伝ったりした人がいなかったとしたら、または美津子さんご本人がどうしていけばよいか考えて親類に伝えずに遺言を作成したとしたら、それは美津子さんが必要だと感じて作成したもので、行使可能な権利を使っただけだ。
ただし、著名過ぎる一家ではあるので、作成の経緯に怪しい所があるなら作成者を信頼できるかどうかというのも一理ある。

芸能一家というと聞こえはいいが、表に立つ側も裏で支える側も楽ではない。表に立つ側と裏で面倒を担当する側が対立することもあるだろう。役割が違うのだから当然だ。噺家でも俳優業でも著名な人間だいうだけで、当人も近親者も騙されたりすり寄られたりはありうる。それが何人もいる一家となれば狙われてもおかしくない。一般人だって死んだ後に金を貸していたという人間が出てくるものだ。芸能人が盗まれたり騙されたりするのは近親者が関連することも多い。メジャー大谷の通訳水原一平氏が解雇されたニュースに驚いたばかりだ。

美津子さんの相続は記事ではトラブルということになっているが、死後のトラブルを防ぎたいと考えて用意したものと考がえても何の不思議もない。

志ん生師匠の肖像や高座の著作について、先々も親類で争うことになれば音源や映像が外に出なくなったり忘れられてしまうこともあり得る。管理ができ信頼して託せる相手が親類ではなく第三者だった、それをしてもらうためには託すだけのギャラか手数料替わりに遺産ごと渡すことと考えたのではないだろうか。とはいえ女性なので、年齢に関わらず入れ込んだ相手がいたといえなくもないが(笑)

自分の経験でも明治や大正時代を調べていても、一人の人間が考えることは子や孫親類でも、後輩にも思い通りには伝わらないことは多い。だから聞き難いことでも生きているうちに聞くしかない。会話しても伝わらないことだってあるのだ。それこそ予定通りに死ぬ人などいない。著作に関して遺産となる法もなかったかもしれないが、親類に渡らなかったといえば三遊亭圓朝が真っ先に思い浮かぶ。録音も放送もなかった時代はむしろさっぱりしたものだったのだろうか。

志ん生師匠の権利が奪われて親類が悲痛な激白をしているとしたら、真っ先に十代目馬生と古今亭志ん朝の権利関係を確認して相続の話し合いをした方がいいと思う。この先起こりうるトラブルを防ぐために。

そして「志ん生という落語界のレジェンドの沽券にかかわる事態です」と発言した落語関係者がいう沽券をぜひ説明してもらいたいところだ。昭和の名人の襲名で使われた名前がどう預かられ引き継がれたか一般人には到底わからないし、どう拗れてきたのかも知らないが、ちょっと本を読んで噂を耳にしただけで沽券にかかわった事態はありそうに思える。

もしかしたらここで会ったが百年目、美津子さんなりの百年目のしかけかもしれない。
記事の通り悲痛な事態で、志ん生師匠の音源や写真がこの先見られなくなってしまう可能性があるとしたら残念だけれど、関東大震災の直後に生まれ生き抜いてきた志ん生師匠の娘さんがすることだ、個人的には思いがわかって引き継がれていくなら良いと思う。

 

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古地図扇子で今昔半蔵門を楽しんでみた♪

以前から愛用している「大江戸今昔めぐり」という古地図アプリのキャンペーン記念品が届きました。古地図扇子です。

古地図は好きだけど古地図の扇子ってセンスはどうなの…という脳内駄洒落を吐きながら眺めていると大好きなスポットが収まってる!!

ヒントキャラクターを配してみました。さて、どこでしょう?

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右側に濠(堀)がありますね・・・


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ちょっと見えづらいですが「半蔵門」「隼町」の文字が見えます。

そう、昨年閉場した国立劇場の場所が入ってる!
アプリ内では
「播磨明石藩(兵庫)松平兵部大輔慶憲 八万石(十万石格)」
となっている部分の2/3程が国立劇場国立演芸場があった敷地。

半蔵門へ通っている頃に一度調べてみたら「播磨」と入っていたのがなんだか嬉しかった。歌舞伎役者の播磨屋と直接的な関係はないけれど、中村吉衛門丈を半蔵門で目の当たりにした頃だったからかもしれません。

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「大江戸今昔アプリ」は開くと最初に江戸城が出てきます。だから古地図扇子も江戸城を中心にデザインして偶然入ったんだろうけど、思い出のある場所がいくつもあって楽しめる。皇居内を見学したこともあるし、国立劇場周辺のお濠沿いの桜は思い出深いし、自由研究で通った国立国会図書館がある場所も端だけだけど載ってた。持ち歩くことは想像してなかったけど暑い時期の自由研究用グッズに入れるのもいいかも。

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どうなる?大江戸今昔めぐりの駿府

このグッズは駿府の古地図スポット強化キャンペーン「#どうする駿府」の参加記念品。記念品があったのも忘れていたけど、キャンペーン後半には静岡の現地で葵の紋が入った「どうする焼き」の配布もされてた。最初はそんな話なかったのにな~なんて思ったまま忘れかけていたところに、わざわざ送ってくださって想像より楽しい参加記念品でハッピーエンド。

ただ、あらためて思い直すと江戸時代の古地図基準で行くと投稿したのはどちらかというと明治時代のスポットだった。キャンペーンを知った頃は急激に明治以降の近代静岡を学習中だったから許してもらおう。

アプリ内の駿府の地図は、大江戸に比べてかなりざっくりしている。寄席を探す過程で古地図も探したので、そういう資料でも江戸時代の情報としては貴重なのも調べて知っていたけれど。スポットが増えてほしかったのは本当で、キャンペーンでどう掲載されていくのかも気になる所。もう少し詳細に江戸時代と現代が重なるものが復元出来たらもっと楽しいだろうなあ。

おまけ:育った町の歴史知ってる?

昨年は大河ドラマ「どうする家康」を見ながら静岡の幕末明治を調べ、今年は大正昭和を読んだこともあって、江戸を建てた家康の駿府大御所時代から慶喜公に圓朝が会いに行った明治時代、若き圓生師匠が興行に来ていた大正昭和まで、いまさらながら静岡の昔が繋がってきた。静岡で暮らしていたころは歴史の流れを意識することはあまりなくて、知っている歴史上の人物といったら家康公、出てきて今川義元公ぐらい。駿府城は公園でお城の実感がなかった。ましてや家康の後の時代も明治大正昭和の静岡もぼんやりしていた。よくここまで興味を持ったものだと思う。離れてみるのは大事というのは本当だ。

江戸城を配した扇子を眺めて静岡や駿府城が重なるのは故郷に城址がある人間の特権。大人になってから興味を持てればかなり楽しめる。
しかも浮世絵になった風景や歌舞伎や落語に出てくる人物や場所が近隣にあったとなれば、時間が足りそうにない。

守備範囲外の戦国時代は静岡の観光親善大使、春風亭昇太師匠が解説してくれるローカルの歴史番組で勉強できる。最近ハマってYouTubeで見ていて山城にもご一緒したいぐらい。明治から調べている寄席は、圓生師匠の話から昭和、平成近くまで静岡市内の劇場の変遷をたどっている。あと少しで今落語会をされている皆さんに繋がりそうで繋がってない。こういう時期がまた楽しい。

半蔵門駿府は似ている?

最近、駿府城内三の丸に能舞台があったことを知った。家康と能楽も縁が深いことは以前から知ってはいたけれど、城内という場所の役割もあまり知識がなくて驚いた。天下泰平の世のために舞台は大切だったということだ。
三の丸の能舞台はさながら当時の国立劇場の様。といっても位置関係だけだけど。国立劇場は前庭越しに皇居が見えて千代田のお城(江戸城)が近い実感があり意識するのか不思議と誇らしかった。そういう場所に能舞台があり人が集まっていたと思うと舞台に目を向ける場は受け継がれている気がする。

国立劇場の建て直しが進まないことで突かれているのはただただ悲しい。いかがなものかと疑問符ばかり立てて外野で煽って焦らせて良い流れができるわけないと思うのだけれど。表に出てくる芯食ってない情報が感情を逆なでしてきて苛立つ。感情を煽る手法だからスルーしにくくて腹が立つ。とにかく伝統芸能を残すために奔走する人達に良い環境が整備されて欲しい。未来に古地図で載っていて欲しい。そう考えると先の楽しみにできそう。

古地図アプリ

昔の人が作った古地図から復元地図を作り直して現代と行き来できるアイデアはとても楽しくて本を読んではアプリを開いて、散歩をしている途中にアプリを開いて、落語の噺に出てきた場所をアプリで見てみたりする。

願わくば普段使う地図アプリとの親和性なのだけれど、自力で古地図を調べていると、現代の地図がすごいこともわかるし、試行錯誤されてきた歴史や用途で変わる地図の面白さもあるので、趣味に合わせてカスタムできる地図アプリの進化を期待する。
キャンペーンに参加するのが協力になるのはうれしい。地図が整ったりスポット情報を増やす工夫は大事。今回のキャンペーンはまだプロセスが多そうだけど、更新が楽しみ。

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