直子の部屋

笑ったり泣いたり踊ったり暴れたり。

武田双雲さん 伊集院光さん 民俗学雑誌創刊

※関心事書き出し記事です

 

楽しかったコンテンツ

『丁寧道』がこの何年かの違和感を解く、そして一度身に着けたのにやめてしまった件を思い出させてくれた。見ていて楽しい。「至福」を説明してくれていると思う。(貴重な経験させてもらってるから今は我慢しよ、って働き方はやっぱり続かない)SNSの餓鬼感はめちゃくちゃわかる。


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歩いてベストコンディション作ってる、円楽師匠と落語の世界で教わったことを伝えてることと、美味しいもの紹介してることと、辿った道程マップがあったり番組未公開トークをおかわりできることとか、好きなことギュッとした番組。伊集院さんと円楽師匠のラジオで聞いたエピソードもあるのに何度聞いても共感でグッとくる。未公開トーク見たからかYouTubeでレコメンしてきたナイツ塙さんの対談動画も繋がって楽しかった。今は見る時間があることが幸運。そもそもテレビ放送を見逃しても見る方法やこぼれ話が聞ける時代が幸運。

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結局今起こっていることを探っているうちに見つかることばかり。
半分はもうこのままはダメだね、と自分で起こしているのだけれど、ツメが甘いことと、ツメたら思い通りになるわけでもなくて、ある種しょうがないこと。でも前の時より着地がソフトにできたよね。
大事にしたいことを端折らなくちゃならないと思うことがこの数年多かった。
端折っちゃいけなかった分のやりなおし時間は強制的にくるということ。(独り言パート)

 

気になるコンテンツ

カフカの『変身』は読んでないけど、読んだ人の話で読みたくなる。
子供の頃に読んだ本も、今読めば違う想いに重なるし、あのときのアレ、今のこれにつながる。目次を見れば『変身』も『遠野物語』も、『生きがいについて』も今反応してしまう内容でしかない。

けっきょくやりたいこともやる順番も、あの時と今では自分が違うから同じにはならなかった。今できるならやる。今やりたいけどできない理由の方が勝つならやらないだろう。できないのが悪と査定すると起こることについては前段の武田双雲さんの動画参照。

冷静に考えて順番を決めるのが大人なのかもしれないが、衝動からスムーズに道が拓く時はそっちだ(衝動から事件が起こる時には無視した何かがある)それで失敗や失望で後悔して引きずっているのは、やったことそのものではない。

 

  • 『伝承』という雑誌

 

本の内容はさわりだけしか見ていない。(紙版は後日らしく、老眼が進む身には試し読みの操作性は厳しい。手軽に入稿できる時代に出版に携わる人たちの手間を知る)けれど、民俗学の巨匠柳田國男折口信夫のお二人を取り上げる点に興味あり。
折口信夫は折に触れ名前を各地で目にしていたのに、人となりをなんとなく知ったのも最近で、名前の読み方も間違えていたことを知った位。近所の図書館で紹介されていたことで暮らされていた場所も近所だったと知ったのも数週間前だ。
お二人の経歴や近代の研究者の物語を知る機会に触れるにつけ、研究を進めるのには結局資金が必要なのだと感じる。社会人になってだいぶ経ち関心が高まっても、個人的な自由研究に社会性を持たせて形にする方法が良くわからない私にとっては、今だから創刊されることに関心深い。


学生時代に静岡の『駿河凧』に後継者がいないことを知って試験のレポートで提出したところ、学術誌に掲載されたことがあった。といってもその価値は全く分からなかった。ただ、その後できた友人から『駿河凧』を作る後継者ができたことを聞いてうれしかったことを覚えている。
学生のレポートだろうが、研究者の論文だろうが、残っている伝承を調査したり、後継者がいない危機的状況を伝えることはできても、継ぐ人を生み出すことやその人達の生活を担保できるものでなない。継ぐと決めた人たちの覚悟や工夫があってのこと。継がれていくことや終わることが何かの形で残り、必要になった時代に見つけられるような時代に繋げられたらいいなあと思う。

 

半分以上持論だね。関心事から思っている持論。恥ずかしいね。それもまあいいでしょう。書いて意味あるのかとか自分の事ばかり放すと嫌われるよとか頭の中で言ってる人がいるのは隠してもしょうがない。そのためにこの部屋を作ったのだから。

 

関心事を敢えてコンテンツとして置いていく。
日常で触れるコンテンツには確実に影響を受けている。楽しいことだけでなく。
関心があるものを楽しんでいると自分の中で繋がっていくのが楽しい。けれど、影響を受けすぎて本筋に戻るまでに時間が必要になったり、本筋に戻れなくなることも多い。楽しいことほど、苦しいことほど波立って波紋が大きくて、収めるのにかかる時間に焦る。頭の中だけで処理するよりも、文章の組み立てなんかは気にせず、味わいをだだ漏れにして出すことにしてみる。

そういえば『突然ですが占ってもいいですか?』で大串さんが言っていた感情線が短い人の話が腑に落ちたりもした。二股に分かれているけれど1本が短いと思うとそれぞれの長さの違いが迷いに出ている気がしたのも関心事だった。手のひらに現状が暗号的に出ている仕組みってどうなってるのかわからないけど面白い。(オチも答えもありません)