辛口後のブログアクセスはもどりました。
求められていることと書き続けられることは別かもしれません。
ただやっぱり落語まわりネタが多いので
「直子の部屋」改メ「直子の落語まわり研究会」の方向になってきました。
落語本体でも落語家さんについてでもないところがポイントです。
最近推し活で作っている落語会情報に載せることや
収集するチラシ画像の範囲が変わってきました。
長く続けて慣れたことや、使える時間が変わってきたからなのですが、ネットにのる情報量も増えたのだと思います。
その中で思うこともある、ということを今日は集めてみました。
まずは思いついた持論、その後だらだら持論です。
好き勝手書いてすみません。
ーーー思いつきココカラーーー
公的団体イベントは検索エンジンにあんまりあがってこない
テレビ局主催もあんまり
会場のイベント情報は3か月先は出てこない
地域の情報誌にあがるのはさらに直前
組織の宣伝は間に承認者がたくさんいて面倒そう
早すぎる情報の詳細は後日確認忘れやすい
落語会は主催情報優先が好み
でもプレイガイドの方が主催者より情報早いことはある
1回でも発信してくれるのはありがたい
でも1回で宣伝済んだと思う会残念
少し前は演者も発信した方がいいよ!と思ってたけど撤回
演者しか宣伝してないとガッカリ
情報が広がるには案外時間がかかります
直前過ぎると反応間に合わない
チラシは楽しい。でも画像添付されても見つけられない
せめて誰が出るかは文字大事
文字で検索するからね
チラシ配るのと違います
コロナ過ぎてSNSの情報量増えたと思ったのは一瞬だった
発信する人が増えただけ
レッドオーシャン
かえって幅広く見れなくなった
楽しい時間だったと思って
楽しかったと感想書いてくれる人は多分1割以下
演者さん本人が発信するようになったのはすごいこと
ただそれで大丈夫と思うのはどうでしょう
主催者の情報が見つからないと驚く
(同じこと書いてたから相当思ってるんだな)
演者さん自ら楽しい発信をされていると出掛けたくなる
長さは関係ない
あえてネットを使わない手法も大事
見つけやすい情報発信者を捕まえている人は
信頼に値する
理想、お手本になる公式サイトや発信は
繰り返し見るようになる
資本があるプロの興行師の落語会
小さくてもこだわりをもつプロの興行師
営利目的ではない仲間開催の落語会
それぞれ楽しみどころがある
チラシはやっぱり楽しい。
シンプルでも凝っていても楽しい。
情報先行でもチラシ画像を出してくれるご主催が好き
サボってる感がある所は見なくなる
結局宣伝活動は商売の基本にもどる
ーーーココマデーーー
好き勝手書きましたが、改めて確認してみると、Twitter(現X)で発信し始めたのは2017年の春頃。
当時は感想とつぶやきがほとんどで、たまにチラシ画像を情報として出す、つまり上に書いてるような、文字情報が足りないものでした。
コロナで落語会中止が続いたタイミングでやめてしまいましたが、
「兼好師匠ファン」とアカウント名に入れてわかりやすさを追究したり
「定席と呼ばれる寄席に出ていないことも不利らしい」と聞いて
推し師匠の名前の露出を増やす目論見で試したことでしたが
落語会感想ツイをRTしまくってブロックされたりもしてたようです。
そもそも特定の落語家さんの推しだと公言するとつきあいは狭まりますしね。
SNS上の落語仲間にはわかりやすく伝わる利点もありました。
その後Facebookも独自の情報が出るのでそちらもはじめたり、コロナ禍を経て発信頻度や形を少しずつ変えています。
今やネット検索だけで落語会の情報のみならず、配信や動画で演芸や楽屋の様子まで見れるようになりました。数年前には想像がつかないことでした。
落語会に出かけると束でチラシをもらうのに
ネット上に落語の情報がなさすぎるのが残念で、落語協会でも落語芸術協会でもない推しの師匠の落語会情報を発信するために放置していたTwitterを再開したのが事の始めでした。
最初はもらって来たチラシを写真で撮影して、140文字の情報に添付して出すのが主流で、画像があってももらったチラシをスキャンする方法にこだわったりしてました。
直接手に入れた紙のチラシを特別に感じるのは発信者というよりファン心理ですね。
一時期”箱推し”を試して両国寄席の全日程を140文字になおして別のTwitterアカウントまで作ってつぶやいていたことがありましたが、反応がわからなすぎて挫折しました。
毎月15日分とはいえ、手間がかかる割に反応がなさすぎる時期でした。そもそも演者でも主催者でもない。。
そもそもどういう立場でそれをするの?
けっこう考えていたなあ。
やりたい範囲しかできないし、義務でもない。
推し活が変じた趣味なんだと気づいた出来事でした。
1人で義務もなくできる立場でやっていて、
その後劇場の係員を仕事でしたこともあり、
どういう環境でやっても、出来る範囲は限られると実感しました。
「明日の会はおかげさまで完売です!」というところまでできている発信は思わず見ます。
飛ぶ鳥を落とす勢いの演者さんだから、という場合もありますが、出演者の知名度に頼っている主催と頼らず地道に宣伝活動している主催はなんとなく伝わります。
手間をかけられる時間や状況が違うと思うので、良し悪しの話ではありません。それこそ千差万別で宣伝の必要もないこともあると思いますし、早々に完売する会は主催者への信頼も厚いのでしょう。
だからこそ、なのかもしれません
「客入りが少なくて残念だった」という感想には敏感になります。そもそも私が情報発信を始めた理由ですし、落語初心者の時に落語会によって様子が違うことを不思議に感じていました。
初心者の頃は好きな演者さんが出ていればそれで満足でしたから。
不思議に思っていたことは、言語化できないことも多いですが、少しずつ分かって来て、割と商売の原則にのっとっているところもあるように思います。
その一端が言葉が上手くないですが、上に思いついて書いたものです。
内容のわかりやすさ
探している人が見つけられる場所に情報を置く
丁寧な対応
チラシをどこに置くか、地域誌で募集する、演芸雑誌にのせる、会社やお店のホームページ、会場の主催公演、会場を借りて開催する公演、SNSを活用するか(普段から使っているか)、協力する仲間がいるか、ボランティアの啓発活動などなど
発信についてはどうしても慣れた方法になるのだろうなと思います。
初めてだから、慈善活動だから、利益目当てではないから
そこまで広く伝わらなくてもいい、という会もあるかと思うので、ここは必須ではないと思うのですが
不特定多数の人に知ってもらう、その場所に集まってもらう、楽しみを知ってもらうのが目的なら、宣伝の効果はあると思います。
手軽ではない方法も、知らなければ聞いたり調べたりする。
それ自体が宣伝や協力を得るチャレンジにもなります。
結果的にたくさん人が集まると、幅広い年代の人にイベントも活動も存在も知ってもらえて、演者さんを知る人も増えて、一緒に応援する仲間感で会を続けようと思う人が繋がって、人のつながりも強まる気がします。手作りの落語会なら、手伝ってと言わなくても片付けを手伝う人がいたり、手伝ってと言えば和気藹々と協力してくれる人も多いと思います。
長く続いた地域落語会が世代交代で終わられる話を耳にすることが増えました。
これは、上に書いたことが原因じゃないと思います。
世代の違いで人の集まりや繋がりや生活のスピード感が変わったこと、娯楽の幅が大きく広がったことなど、理由はいくつも思いつきます。
特定の落語家さんを追っているとか、地域の落語会が好きだとか、1人で粛々と聴きにいくのがよい人には興味は薄いかもしれませんね。
正直、私も興味は薄い方だったと思います。
そもそも1人で通って好きな師匠の落語を聴けたらと思っていただけでしたから、落語会の情報を集めたり出したりするまで関心はありませんでした。
SNSで各地に落語仲間ができたり、会場で顔を覚える仲間が増えなければ地方の落語会へ行って旅を楽しむ発想もありませんでした。
地域の落語会の活性化に尽力されている方も、いるとは知っても知ろうとするほど関心は持たなかったと思います。
数年前ならなおさら、知る術もなかった様に思います。
今も続けていらっしゃる会は素敵だと思いますし、
とにかく好きな落語家さんを呼んで落語会をやってみたい!というパッションも素敵ですし、どちらが良いかではありません。
ただ、定番の落語会がまたある、を見つけるのはうれしいです。
推しの定例会はもちろんですが、普段出会えない師匠方が揃う会も、寄席も、と落語に通うほど定期的に行われている場所を見つけるとうれしくなります。
それは関東であっても行ったことがない場所でも同じです。
都内でも知らない場所、知らない雰囲気があるし
田舎で落語会へいって昔の仲間に再会できたこともあるし
知らない土地で観光も楽しめたり落語仲間とじっくり話せたらまた行きたいと思います。
なので、次が続きそうな落語会が増えてほしいですし、やったけど大変だった気持ちだけでやめてしまう方が増えないことを願っています。
そのためには落語会の存在(情報)を発信すること!
レッドオーシャンだと言ったんですが
ネットで探している人が見つけられるかどうかは
チラシ画像でもなく落語家さんとの仲良し写真でもなく
落語会の詳細文字情報です。
(ほぼ感情論でしたが、結局言いたかったのは最後の三行です)
追伸:
チラシは大好物なので作ったら絶対ネットに載せてほしいです