直子の探求時間

気になること、落語のまわりなど

10/15 つれづれ 襲名の慣習

大昔の話になってしまったけれど、某外資系ITにいた頃に当時流行で今や当たり前になったグローバリゼーション、グローバル化のプロジェクトに参加していました。

日本人が事務処理で当たり前にしてきたことでグローバルで通じないことは「ローカル」の「慣習」として扱われ、日本用のカスタマイズをシステムに組み込むか捨てるかという検討会議をずっとしていた時期があったのです。

例えば、「請求書に押される印鑑はなぜ必要なのか」

数年前からコロナ禍、DXと進んで官公庁でも押印省略は進んだけれど、当時は欧米式のインボイス(請求書)やレシートはほとんど見かけない時代。多国籍なチームメンバーに何故と問われても、日本人のこちらが必要性を説明するのに苦労するばかり。理由を説明する必要もなく、先人からただ継いでいる商習慣だったのを思い知る日々。
少し前に保険会社の認印預かりが大きな問題として取り上げられた時期でしたが、その時は保険業界がルールを変えただけでした。

当時の時代感覚はまだ、先を行く欧米式を日本が追いかけて導入するもの。慣習を見直してこれから来る時代の準備をしているのは、海外の商習慣が事業に混ざっている企業の中だけに感じられました。

こんな話を長々書いたのは、その時期に「慣習」という言葉を覚えたのが印象に残っているから。

日本人は工夫が上手い人種だとは思うものの、「工夫」が上手いだけに、基本ルールを作ることより「自分たちだけの特別ルールを足すことが得意」なんだな、と感じたのです。日本人らしさといってもいいかもしれない。カタカナにするとカスタマイズ、またはエクセプション。日本人向けに例外的に認めてもらうことを繰り返す増築型の社会。スクラップ アンド ビルドではないというか。そういえば当時みずほ銀行の三銀行統合でシステムトラブルが発生して、統合した三銀行のシステムの相性を説明してくれた同僚がいました。携帯電話もガラケー全盛でしたが海外と様子が違ったようです。

話が脱線しましたが、欧米式や大陸式に合わせ切れないという自覚はあるのかもしれません。0から1の創造より1に足す工夫の想像力に長けているのかも。それが幸か不幸かは白黒はつきませんが、これまでの歴史で培ってきた処世術かもしれません。

 

「慣習」を覚えたその当時の経験から、工夫を重ねて組み上げた「慣習」は、前の時代には上手くいったケースを残したもので、本来の目的が忘れられたものという視点を持とうと考えるようになりました。悪いことではないけれど、固執することかどうか検討の余地があるもの。十人十色の「常識」ぐらいあいまいな価値観かもしれない、確認が必要なものだと。

 

時は経って、伝統芸能公演が多く行われる劇場に携わることになり、「伝統」の「慣習」を多く知ることになりました。

外資系ITの前にも、舞台や男性社会の業界など伝統の慣習を知る機会はあったので別段抵抗はなかったのですが、名前を継ぐ世界は初めてでした。

芸事の世界では襲名はたとえ継ぐ人が決まっていたとしても、先代が他界した後には敢えて「間を空けるもの」と聞いて、独特な習慣に感じました。

ひと口に芸事といっても様々あります。世襲が基本の世界もあれば、実力主義を聞く世界もあり、具体的に聞けば襲名のルールも厳格なようで曖昧。繋いでいくために非常な努力をされてきた歴史があったり、演芸の世界だと志ん生師匠のように借金逃れで名前を変えていたというウソのような逸話もあります。

どの芸道か、などで「間を空ける」ことに時間の違いはあるようでしたが、「他界された先代の名跡をすぐに名乗るのはどうか」「ふさわしいと認められるか」という空気があり、あくまでも「こんな感じのもの」という話で、宗家のこととなると有名な流派の名取や師範であっても具体的な基準がわかるわけではなさそうでした。

耳にできた襲名の基準やルールは目安でしかなく、その目安も「慣習」であって、現代以前にその形が周囲も応援しやすかったのであって、襲名する人の芸が達する前か後かの基準ではなさそうだという感想を持ちました。
今もその形がふさわしいかは今の人が決めること。決める人も時代が違えば顔ぶれもまったく違う訳で、前の時を知っている人は知っているだけであって、決める人ではないのです。襲名に選ばれた人も、やるしかない。

 

今年に入って文楽の十一代目豊竹若太夫、日本舞踊の西川流宗家・十一世西川扇藏の襲名で、改めて襲名の吉事が伝えてくれる伝統芸能の歴史や魅力が楽しい。
豊竹若太夫氏の襲名では、”先人の名前を継ぐことで「技」だけでなく「芸」や「心」まで次代へ継承していく” という紹介も目にしましたが、その心意気が伝わる襲名披露の舞台を拝見して「また見に行きたいな」と思うのでした。


そして先日発表された王楽師匠の七代目円楽襲名。

会見後、少しずつ記事や配信が出てきていますね。先日はヨネスケちゃんねるのインタビューを見て、昨日は白酒師匠の「白酒のキモチ」、今日は伊集院光さんのコメントで話題に上がっていたのを聴きました。「神棚に上げている場合ではない。名前は板に上げてなんぼ」という白酒師匠の言葉が印象に残りました。

白酒師匠も王楽師匠も同世代の範疇といってよいご年齢。感覚的には白酒師匠の言葉も、会見で王楽師匠が仰っていた「風化させてはいけない」「五代目六代目の円楽を皆さんが覚えている今ならと襲名を決めた」という言葉にも賛成で、違和感はありません。

時代のスピード感は明らかに変わって、話題も一瞬で忘れられてしまうのも事実。大きく時が空いて名跡復活が話題になるのも事実。どれが良いということではなく、間を空けることで価値が高まるならばよい慣習といえるのかもしれません。

豊竹若太夫は57年ぶりの襲名、西川扇藏は九世以降あまり間を空けず継承されている。
前に書いた、芸道にいる人達から聞いた「間を空ける」話にはどちらの例も当てはまっていません。

芸が追いつかないうちは認めないという価値観は誰のためのものか。芸を残し人も残す道はこれからますます険しくなりそうです。悪しき慣習になっていないか、厳しいもの、金のかかること、嫉妬の渦に巻き込まれてしまうのではないか。そんな思い込みを吹っ飛ばす祝い事、吉事のポジティブなエネルギーであって欲しいものです。

襲名が客でなく芸人のためにあり、芸の精進の力になる分名前に執着してしまい、後の時代に続かない名跡を見て、以前の代替わりの混沌や噂の面倒を恐れるなら、そういう名前として今は蓋をするのもある意味その世界の権利だとも思います。

襲名するご当人達こそ、その慣習をどうとらえるかを考え、決断し精進を実践する人達に違いない。どういう経緯があるにしろ、どういう考えで決めたにしろ、噂は勝手に歩いていく。どちらかといえば、悪しき慣習の方向に。そこを強かに勇気をもって、軽く明るく名前を継いで盛り立てる人には寿ぎの気持ちしかない。

客のこちらは、ともかく吉事を祝福して応援して、好きな世界を盛り上げるのみ。自分の気に入らない人間が襲名だなんてと悪口する客は贔屓にはならない。遠くから間接的に文字で好き勝手放つ言葉は益々わからない時代に入ってきた。だから尚更、愛のある悪口は直接に言うべし。

結局のところ、発表はインパクト、その後の賛否が落ち着けば、馴染んでくるものだとも思っていますが、襲名を決めて、準備して発表に至るまでの水面下も大変なご様子。大名跡なのに手続きが面倒になりそうで嫌煙されている名前って、同業に嫌がられている哀愁が凄い。持っていたご当人はどう思っているのか、誰か聞いてきてくれないかなって思う。そう考えると、六代目は五代目が生前に託した背中も見て、大師匠のことも間近に触れて名跡のことを考えていらしたんだな。