近頃の喜怒哀楽つれづれ。
9月末にとん楽師匠が亡くなったと知って驚いた。
最後に見たのが9/21渋谷の伝承ホールでの「松竹梅」なのがなんだか切ない。両国寄席で会える師匠だと思っていたから、次には出囃子を確かめたいと思っていたんだけど。
好二郎さんの前座時代の勉強会で知った元気丸が11月末で解散。悲しい。でも、同じ上京組なので少し心情はわかる。土木漫才笑ったなあ。
愛楽師匠が9月で笑点卒業。田舎でテレビ見てた頃には、座布団運びしているのが落語家さんだとも知らなかったけれど26年続けられたのはすごい。国立演芸場での笑点収録で笑点での愛楽師匠見れたのも思い出。円楽一門会の中でも高座で印象が変わったおひとり。サブスクぴあ落語ざんまいに10月に沢山新着高座が上がっていた。末広亭でもサブスクでももっと知られて欲しい。
NHKで復活放送されている「坂の上の雲」で喬太郎師匠を発見して飛びあがった。このドラマは三遊亭圓朝が生きてる時代の話。出演されていたシーンは明治22年秋で、圓朝が三遊塚を立て初代二代圓生の大施餓鬼をした後。自伝『三遊亭圓朝子の傳』が出版される前。ただの偶然だけれど、三遊塚が立った頃を調べていたのと、9月に文春落語『すごい!圓朝』で喬太郎師匠が考える圓朝の話を聞いたばかりだったから。意識すると知りたい時代の情報が集まってくるものだ。このドラマには文菊師匠(当時菊六)も出演されているのでこの後も出てくるのかもしれない。
自由研究
一昨年、去年と追善供養に参加して気になっていたので、三遊塚が木母寺に作られた頃のことを調べてみた。三遊塚が立てらてた木母寺は当時明治の廃仏毀釈を乗り越えて復興したことを知る。圓朝が繋がったのは伊藤博文や渋沢栄一の影響か、円光僧正の手腕か。ミステリアスな疑問もある。今の木母寺と周辺の景色が様変わりしたのがとにかく残念に思う。
デジタルアーカイブが日々追加更新されているおかげでスマホで読書がはかどる。
興味ある本をタイトルで見分けたり実際読まないと見つからない場所へすぐに確認しにいける威力。のめり込みすぎて困る。手に持って読む本の重さもこれまで大事だったのかもしれないけれど、圓朝全集の圓朝遺聞などスラッと読めるのはありがたい。
圓朝が寄席に上がらなかった時代の暮らし向きを藤浦富太郎氏が残していたことを知った。落語に出てくる人達の中で与太郎だとか粗忽は例えやすいけれど、圓朝は落語に出てくる武士や殿様のような感触を持つ。富太郎氏は圓朝の支援をした大根河岸三河屋の藤浦周助、周吉(三周)を祖父、父に持ち圓朝の名跡を預かった三周の後継者で、歌舞伎など他の芸能にも通じた人だったらしい。東京中央青果株式会社初代社長。圓朝を翁と呼ぶ年齢なのに、かなり細かい記憶を残されていて興味深い。
身の回りのこと
家電の不具合が多くなってきた。中でも何度も考えてやめてきたPCの買替は考えた方が良さそう。テレビやパソコンの調子が悪いのは途中で強制終了という意味では良い気もする。とはいえこの記事がふっとびかけたのでいよいよか。。
少し上向きだった体調が季節の変わり目かよろしくない。うっかり習慣化したゲームアプリを捨ててAIメンタルケアアプリを入れてみたが、無課金だと冷たいらしい。それは当たり前か。
推し活は調子がよろしくなくてもできると思っていたけれど、そのラインも超えることがある。前の経験と違うのは多分燃え尽き系。経験を重ねる程想定している最悪の方向と違う角度から問題がやってくること。目標ややる気を持てない状況の辛さは動けるうちはまだましだったということがわかる。「休む」にもいろんな段階があると思い知る。この3年のダメージは相当だったらしいな。よくがんばったねということで労いをつづける。
ブログの名前を自分の部屋にしたのは、自分の陰気も吐き出せるようにしたかったからだけれど、どうしても真面目でブログを私的な場所とは捉えられなくて、人を陰気にするエネルギーは出したくないと思ってしまう。その思考は抱え込みになる原因なんだけど。ただいまは、人に話したらスッキリする、とは思えないんだなこれが。
1年前、2年前といまより普段の心情を書いていた。推し活の記事を書きながら兼好師匠の話は少ない。ダントツなのに書くのは難しいという言い訳。それほど前向きになれていない自覚あり。つまらない。瞬間でも笑えるだけよし、ともいえるけれど、それ以外の大半が沈んでいる。波打つ表面にいないだけましか。まし、が面白くないか。
落語会へ行った記録を書くようになっていたけれど、以前にも増して出かけていないのでサボる。落語の話を書くためにブログを作ったはずではなかったけれど、結局関心が向いていてブログに書けることとなると落語のことになる。落語会の話を読みに来る人がいると思うと他の話が書きにくいし、自由研究もいくつも少しずつ調べているので成果みたいに書くのは難しい。
そんな中でも日々気になることが起こるし、昔の傷が痛むことも多いので、つれづれ書いて修正してみたい。物語に昇華できる人はすごい才能だ。