直子の部屋

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金翁師匠の国立演芸場開場までの証言インタビュー

国立劇場で落語を聴いてきました。
楽しい時間の中に、少しずつ迫ってくる国立劇場閉場のカウントダウン。
好きな噺家さんたちがマクラで口にすると、洒落でもなんだか意識してしまいます。

昼間の落語会だったので、帰りに少しだけ伝統芸能情報館の中にある図書閲覧室に寄ることができました。コロナ禍で予約制になっていた間はふらりと立ち寄れなくなっていたので、久しぶりでテンション高め。時間もあまりなかったので、係りの方に気になっていた資料について安易に質問。考えなしで記憶もあいまいに聞いて若干困らせてしまいましたが、書籍ではない資料は、事前にわかることをお伝えして問合せが可能な模様。以前見た書籍も、家のPCやスマホからでも蔵書検索もできるし、タイトルがわからなければ、わかることから探してもらうこともできそう。秋になる前にお目にかかりたい資料を見つけようじゃないか!と帰宅。

早速おぼろげな記憶から検索開始。
国立演芸場40周年の時に作られていた特設コーナーで見つけて読んだだけ。4年も前だ。こんな話をみつけた!というつぶやきはしていたものの、タイトルをメモしたりつぶやいたりもしていない。国立演芸場が開場するまでの経緯が記録されていて、関わっていた噺家さんや国へ陳情をした時のことなどが詳細に書かれていた。
圓生師匠の脱退騒動の時期にも被っていて面白い記録があるものだと思いながらも、当時はこういう資料があるのか~で終わっていたからタイトルは全く覚えていない。
序文あたりで読んだ記憶では市販された書籍でもなかったような。

 

当たりを付けたものの確証なし。あとは問合せることにして、市販の書籍だったのかキーワード検索をしてみる。すると金翁師匠の証言インタビューを見つけた!

 

国立劇場草創期 ⑪ 演芸場開場|三遊亭金翁(落語家)
ゆかりの方々の記憶|国立劇場の『記憶』|未来へつなぐ国立劇場プロジェクト

 

国立演芸場を作る時の活動にも携わり、当時中心になって動いた日本演芸家連合の会長を務めたこともある金翁師匠が生前に生き証人として証言された貴重なもの。書籍で読んだ国立演芸場開までの経緯だけでなく、演芸場が必要だと起こした動きで大衆芸能に人間国宝が生まれる流れができたこと、記録が残される仕組みができたりと、底上げされた一面があったのが伝わってくる。何より師匠がいきいきと語られていて楽しい。

江戸時代に寄席が始まった頃や圓朝師匠が活躍した明治時代、寄席が150件もあった大正時代。時代ごとに起こった出来事と違うけれど、国立演芸場を作ることが一大事業だったんだなと感慨深い。

半蔵門の劇場には個人的に思い入れもある。初代国立劇場の「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」もいつのまにか内容が充実していた。他の記事や証言・思い出を読んでいくと知った名前も見つけた。円楽一門会のお囃子Yさん。
庭師さんのお話も貴重なエピソード。桜が植えられた経緯や被災地との交流。こんな庭師さんがいる、と聞いたことはあったけれど、なぜ人づてに噂を聞くのかも少しわかった気がした。ただ劇場へ行くだけでは知ることができない物語が、舞台の上だけでなくたくさん巻き起こっている。

日本博やコロナ禍を経て、劇場のエピソードをネット上でも知ることができるようになった。読み物だけでなく、動画配信も積み上げられている。SNS発信や気軽な寄付などで応援の仕方も増えて、国立劇場と演芸場のファンとしてはうれしい限り。証言とともにシャキッとしたお顔でお話される様子と満面の笑顔、両方の金翁師匠のお写真が残るのもいいよね。

演芸ファンには、この証言インタビューをぜひ読んでほしい。そして今のうちに手ごろな国立演芸場の定席へもぜひ一度。

www.ntj.jac.go.jp