客席での出来事は楽しいと不快がまぜこぜだ。
偶然ネットで話題になったことだけが全てではない。
目に入ったネット情報につい反応してしまうと、後に反省することほどんど。
その日の苛立ちをSNSにポストした時も同じ。
共感してもらう頃には変に冷静な見解に代わっていたりする。後味が良くない。
SNSは特に表面的で、嫌な所を蚊に刺されたみたいに反応してしまう。
感情的な言葉が目に入って、自分の嫌な記憶が呼び覚まされる。
どちらかというと、書かれている出来事そのものより、昔の嫌な記憶を引っ張り出してイライラしている。
少し落ち着いた頃に、完全な外野の自分が何を言っているんだろうと思ったりする。鈴本で指笛を吹いた人、ほんとはどんな人だったのだろう。とは思うものの、けっこうどうでもいい。
以前落語協会でマナー動画を作っていた。あるあるを網羅したよくできた内容だと思ったけれど、お客さんというのはそれを超えてくる。いつも同じ人間だけ来る場所じゃないのだから当たり前と云えば当たり前。
お客さんしている側でも、落語会や寄席にしか行かない人なんていないはず。
音楽だけでもクラシックコンサートやロックのライブ、夏フェスと、同じルールじゃない。バレエ、オペラ、歌舞伎、演芸、お笑いライブ、講演会。客席にいて大きな差はないようで、少しずつその場に合わせて過ごしているはず。
夏フェスへ行くと、見るというより暴れに行ってる、はしゃぎに行ってる、声出したい歌いたいんだな!という人達も見かけるけれど、そういう場所だから楽しく目撃する。禁止行為以外は「やってるやってる」ってなもんだ。でも設備も違うし、ステージ上のアーティストの声が聞えないということはない。
寄席や落語会で目立つ人は、おおよそ高座に集中している人を妨害する人達だ。視界か声を妨害する人。経験した限り、べつに言語や文化が通じない外国人でもなければ、経験が少ない若者ばかりでもない。
同じ客席に居ても、全員が不快とは限らない。偶然不快なことをする人が自分の目や耳に入る所にいた不遇によることが大きい。大きい音でも些細な音でも自分の耳に入れば苛立つし、平気な時もある。前の人が落ち着きがなく視界をふさいでくるのも演者には伝わらない。暑さや疲れで体力が落ちていればより些細なことでイライラするし、許せなくなる。かと思えば、ちょっとしたことで気持ちが切り替わることもある。
その場にいなかったのに騒ぎに同調してしまって悲しいのは、落語会や寄席で経験した嫌なことをまとめて思い出してあの時ああだった、この時こうだった、きっとこういうやつに違いないと苛立ちを反芻してしまうこと。結局自分のダメージだけ大きい。
勝手して周りに迷惑でも平気な人はそんなことは関係ない。もし反省していたとしても、受け取る機会もない。そもそも外野だし。そういう人がいる客席に出くわしたら、たしかにポストするかもしれない。共感もすると思う。寄席でネタにされてたら喜んで聞くと思う。
でも大概は、寄席じゃなくてSNSで見た経験だということを、これからは意識しておこうと思う。それでなくても、客席で気になることは多いし、以前も考えた通り、落語が楽しくなくなったら大損だ。
SNSからの情報収集方法もまた少し見直し時期かもしれない。
やっぱり波立つ場所で知らぬ間に疲れる。