直子の部屋

笑ったり泣いたり踊ったり暴れたり推し事したり。

聴いてみたい圓生師匠の「鼻きき源兵衛」

最近手にした本

三遊亭圓生師匠の
「江戸散歩(上)」は日本橋から始まります。

 

江戸散歩 (上) (P+D BOOKS)

江戸散歩 (上) (P+D BOOKS)

 

日本橋白木屋の前で思い出した、と

「鼻きき源兵衛」

という噺しを圓生師匠が書いています。

聞書き様に書かれており
江戸散歩と称して語る本とあって
圓生が語る日本橋光景がマクラとして楽しめて
あらすじといいながら
「鼻きき源兵衛」をたっぷり一席聴いたような気分になれます。

 

鼻きき源兵衛(超あらすじ)

長者とは名ばかりの町、下谷長者町に住んでいる
棒手振りの八百屋源兵衛さん

ある時仕事道具を橋から放り出して
「大きなことを考えよう」と
日本橋の目抜き通り
白木屋向かいの大店を借りてくる

借りたはいいがのれんも畳も用意できないので
源兵衛と女房が座るだけの畳二枚を敷いて
普請はまだかと大声を出して乗り切る

のれんは使い古しを繋いでかけたので
店の名前は三軒繋いだ長い名前だと誤魔化す

ある時白木屋がさる方から生地を預かった
どのような品か調べたがわからず
店前に出して知る人がいないかと探していたが
急な風に飛ばされた布が
白木屋の蔵の折れ釘に釣り下がったのを
源兵衛だけが見ていたのがだ
白木屋は行方が知れず大騒ぎ

 

源兵衛は「鼻を利かせて見つけてみせる」と言って
白木屋に恩を売り
助けた例に三百両を得る

 

この辺りから御神酒徳利を思わせる展開で
その鼻で助けてほしいと西に呼ばれ京都に至り
京都を遊びつくし
ついに衣冠束帯の姿で関白にお目通り。
八咫鏡と定家卿の色紙を探すことになる。

大勢の付き人が連なり不自由で
失せ物は見つからない
鼻が利かなくなると人を払い
庭の大きなうろのある木の上で一息つく。

棒手振りの八百屋が
こんな物見遊山をするとは思わなかった
ここまで出来れば上出来だと思ったところに
鏡と色紙が上手く見つかり褒美を受ける。

  

 

圓生師匠は他にやる人が少ないと書いていました。

少し調べてみると
落語名作全集にあったとか

その後やる人がなく
五代目圓楽師匠が復活させたのが「出世の鼻」だとか

話は出てくるものの
落語事典で読んでみても
圓楽師匠版を見聞きしてみても
少しずつ違っていました。

「鼻きき長兵衛」という落語は
まったく違う話なのだそうです。

 

途中の表現に
思い浮かぶ落語がいくつかあって
ともすると盛り過ぎ感もなくもないので

お神酒徳利に押されて
演られなくなった説も
たしかにわからなくもないのだけれど

神様じゃない出世の話で
似ているようでそうでもなく
別物として今の人の耳に楽しそう

 

ファーストコンタクトで読んだ
圓生師匠の「鼻きき源兵衛」が面白くて
誰か演じてくれないかとわがままに思う噺でした。

 

「江戸散歩(上)」は
江戸の町を圓生師匠が案内してくれるような語り口で
落語に纏わる古い言葉も空気感も伝わってきて
今年自由研究していた圓朝や明治辺りから
圓生師匠が芸人で過ごした頃のことまで書かれています。

日本橋の他にも京橋、神田、浅草といった
お馴染みの場所が出てきますが
やはり日本橋は取り上げるものも多いようで
上巻の半分近くが日本橋に纏わる話です。

 

同じ日本橋の話として登場する
落語研究会の発足と初回の公演の賑わいは
日本橋から始まったことも知らなかったし

当時まだ子供義太夫の時分だろう圓生師匠が
明治の出来事を
まるで見てきたかのように語られているのは

義父で先代の圓生師匠や生き証人に囲まれて
体験談をたくさん聞いただろうことがわかり
関東大震災前の東京を知る
貴重で楽しい証言本です。

 

まだ日本橋を歩き始めといったところですが
ゆっくり楽しみたい一冊です。