直子の探求時間

気になること、落語のまわりなど

1/27 新宿末広亭 1月下席 七日目の賑わい

昨日は久しぶりに末広亭へ行ってきました。1月下席の夜席は、浪曲師の主任は60余年ぶりと触れ込みの玉川太福さんの芝居です。

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正直な所、行く予定ではなかった。今は人が多い所に長居はちょっと心配。でも盛り上がる様子が伝わって行きたくなっちゃって。

対策として昼席の途中から行くことにしました。入る時に席を探して慌てて躓くのを防ぎたく。昼席仲入り後に入りました。

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出番が入れ替わっていた遊雀師匠の「悋気の独楽」も、ヒザのマグナム小林さんの暴れん坊将軍も楽しい。そして昼のトリは三遊亭遊三師匠。笑点でお馴染みの小遊三師匠の師匠にあたる方です。

低音で聞き易く、どこか品がある語り口でマクラから同期の有名な師匠方がどんどんいなくなって仕事が増えてるとか、この調子で弟子の小遊三の葬儀委員長をしたいとか、お約束の楽しいマクラ。師弟揃って後期高齢者だ、とは恐れ入ります。遊三師匠86歳、小遊三師匠は78歳なんだとか。

そんな遊三師匠が「火焔太鼓」に入って。うわあ!ってちょっと興奮。太鼓をはたいてドンドンドンと鳴らす小僧さんをしたり、太鼓の値を聞かれて手一杯をする仕草とか、代金の三百両を受け取って驚いたり、おかみさんの時は気を失ったり。口調も仕草も闊達で、渋さの中にも落語に出てくる人達の無邪気さがふんだんで、ご年齢を感じさせない楽しい落語。遊三師匠がよく主任をされている理由がわかる。寄席に来たな、っていい気分で夜席が始まるまでの時間を過ごしました。

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昼席で滑り込んだ座席が2列目でいい席だったんですが、夜席に残る人の合間を縫って3列目の端席に移りました。せっかくみるなら好きな席が良い。末広亭は桟敷席が好きなんですが、昼の途中から夜席までいたことがないので、足を労わって席を選択。こういうちっちゃな対策が大事。

夜席始まりはまだ空席もあって2階も開いてなかった気がしたのに、あっというまに2階が開いたらしい。週末の熱気は噂に聞いていたけど、月曜でも変わらない様子。

SNSでも太福さんの様子を伝える昇羊さんは太福さんとのやりとりを楽しくマクラで聞かせて「権助提灯」を。おせつときょうたさんは真っ赤な揃いのスーツで新幹線女子と飛行機男子?の漫才を。昇也さんは高座に座った途端に扇子がすっ飛び験が悪いをおもったのか高座に上がり直す。それでも言葉を噛んでしまうのが気になって「今日はダメだ」と言いながらやかんなめ。マクラでは太福主任や浪曲師が出てきたときの掛け声をレクチャー。

兼好師匠は太福主任の興行が盛り上がっているけれど「七日目あたり疲れてくる頃」とお祝いに集まった人達にひとこと。

前に上がった昇也さんと学校寄席で野球も強くて生徒の半分は東大受験する某高校へ行った話をして、さすが進学校の生徒さんでとてもよく反応していて大盛り上がりだった。でも、高校生ですよ。高校生以上に盛り上げることは大人ならできますよね?と客席を煽ってから「看板の一(ピン)」

サイコロを使った博打の話で、昔慣らした親分の格好良さとそれを真似する若造のギャップが可笑しい話で師匠らしい一席のひとつ。今も身近に博打はある、とパチンコや競馬、競輪、競艇、なんかの後に結婚をいれるのが師匠らしい。

寄席だと持ち時間も限られて全体の流れで抑え目になったりすることもあるけれど、やっぱり好きだなあとしみじみ堪能。ただ、昇也さんに続き少し噛んだのをこっちが気にしてしまう。

坂本頼光さんの今日も元気な活弁はたろうくんのでんしゃ。小痴楽師匠はおはようと出てきて昨晩も良く飲んで昇也さんに言われたから、と噛まずに出てくる話を考えて、出だしが出てこないと目線が泳いで「湯屋番やるんですけど出だしわかる方教えて」なんて言っていた。

次に上がった広沢菊春さんは大仕掛けを持ってきたらしい。「玉川一門の真実」と題して、玉川太福を生んだ玉川派の祖、青木勝之助が大道芸からなかなか叶わなかった寄席についに上がった物語をその偉業と今回の60余年ぶりの浪曲師 主任興行を重ねて渋い声で唸った。三遊派圓朝と同じ時代に頭取をしていた柳派の柳枝も出てきて興味をそそられた。青木勝之助も明治の同じ頃を生きた人らしい。曲師は菊春さんの奥様の美舟さん。ご夫婦揃う高座も拝見できた。

後に続くのは鉄板のねづっちさん。渋い上にこの興行にこそとまとめた仕掛けを出す菊春さんの緊張感を解していく。ネタをずっと聞いていると流石なんだけどなぞかけ中毒だなって思いながら笑う。お題を出す中に「十九歳で初めて寄席に来た」の回答を見事に整えたのに大噛みしてしまったねづっちさん。噛む人が出るとやっぱり続くよね。良かったのに内容を忘れてしまう。でも19歳で見に来たくなる人がいる興行だということだ。

仲入り前は柳橋師匠。今回の興行の盛り上がりを落語芸術協会全体で喜んでいらっしゃるご様子を朗らかに話されてお酒、酔っ払いの落語「替り目」を。本当に酔っているような仕草と口調。朗らかな表情がマクラと変わらないのに酔って見えて不思議。

奇をてらわない落語。落ち着いた声だとか、ごてごてしていないとか、そういう調子がどうしても好みに入る。お祭りの中では盛り上げる人がたくさんいるからか、より鎮(しず/バランス調整する重り)の役をする師匠方に良い意味で目が向く。寄席の流れに乗ってつい高揚し過ぎてしまう私には、ちょっと我に返って落語いいなあと思わせてくれる。今日は遊三師匠、兼好師匠、柳橋師匠とタイミング良く入っていらして、顔ぶれがかなり豪華な興行に普段を入れてくれた。

仲入りが終わるといよいよ祭りもクライマックスに近づく。昇々師匠は「平日でもやればできるじゃないですか!」と客席を湧かせて新作「お面接」を。ザ・ニュースペーパーさんはゼレンスキー大統領と岸田元首相改め、港社長。この日はフジテレビの記者会見が長時間続いているらしく、合間に演者さんが「まだやってますよ!」と教えてくれた。聞いてないのに。終演後も夜中まで続いたらしい。もしかしたらそれを回避するために直感的に末広亭を選択したのかもしれない。いい選択だった。

続くのはA太郎師匠。なんとも相変わらず注目されたい動きが可笑しい。CM出演が続いているので次はACのCMに出たいという。CMのギャラをうん千万円と言って客席がどよめくが、これはウソ。CMのギャラは相場がわかりにくい。ただ、金額の盛り方がA太郎師匠の師匠、昔昔亭桃太郎師匠みたいで桃太郎師匠の高座を聴きたくなった。

文治師匠はご自身の師匠で先代の文治師匠の得意ネタ「源平盛衰記」の冒頭「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり…」を一気に始めたのでパワフルに一席されるのかと思いきや、その後は漫談になって話が戻らない。どうやら時間が押していたのをA太郎師匠の見せたがりでさらに持ち時間が短くなったらしく、最後はボヤキを言い捨て気味で笑わせて降りられた。

ヒザは東京ボーイズでのんびりと。ウクレレ仲八郎先生が一週間で250曲作曲した、と同じ出だしで数文字の歌詞を歌って、三味線の菅六郎先生がツッコミ。

そしていよいよトリの玉川太福先生。この日のテーブルは座るタイプ。曲師は浪曲界で最年少らしい玉川鈴さん。ご自身でも曲師以外の企画会を手広くされているのだとか。太福先生は多分兼好師匠との二人会で初めて見て、浪曲を聴いたのもその時が多分初めて。難しくなく、ハードルを下げてくれる雰囲気に好感を持った。

その時から考えると、もちろんご経験を重ねて貫録もありつつ、浪曲が難しくない、楽しめるものという姿勢は以前の通り。寄席興行やユニット活動されていた同世代と切磋琢磨した結束も感じられた。主任興行とあって主役だぞ!という気概も。

この日は三遊亭白鳥師匠が作った落語を浪曲化した「任侠 流れの豚次伝 流山の決闘」。

清水次郎長伝・森の石松三十石船道中の「食いねぇ食いねぇ寿司を食いねえ、江戸っ子だってねえ」「おう、神田の生まれよ。」だけ覚えておいて、25分後に意味が分かる、と言って話に入る太福主任。

浪曲は拍手をする場所や「たっぷり!」「名調子」「日本一!」と掛け声を入れると盛り上がる。60余年振りの浪曲師が主任の興行というこの歴史的快挙の10日間だ。しっかり覚えておいて!と昇也師匠が事前レクチャーをしてくれていたのだが、拍手は割れんばかりだったけど、「たっぷり!」「名調子!」はやっぱり慣れた人まかせにしていたら「昇也師匠、これはどういうことかな・・・」と欲しがる太福主任。
太福先生が参加している人気の創作話芸ユニット「ソーゾーシー」とか同世代の主任興行ではそんなノリで盛り上がっているんだな、きっと。

落語で聴いていたこの話も、浪曲で聴くとまた少し面白さが変わる。ゾウのマサオが大政小政の政五郎だったの?とか筋を忘れていた分も楽しい。ついに来たあのフリも、「食いねぇ食いねぇ笹食いねえ、江戸っ子だってねえ?」で万雷の拍手。待って収めてから「おう、パンダの生まれよ!」と最高潮に盛り上がる。

終演してもう一度幕が開き、文治師匠のお言葉で三本締め。おめでたい席を無事見ることができた。文治師匠もおっしゃっていたが、さすがに長時間で頭が疲れているのがわかった。そして人酔いも知らぬ間にありそう。なにより自分のクールダウンも大事。帰るまでが遠足だ。

寄席を出ると寄席前に太福主任。たくさんのお客さんが残っていた。菊春さんが物販販売をしている。浪曲ファン、太福ファンの方々の名残惜しい雰囲気が広がっていた。おめでとうございましたの気持ちで新宿を離れる。

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これを書いている八日目も大盛況だった模様。あと残り2日もこのまま盛況だろうし、後にも続いていくだろう。60余年振りと聞いても、浪曲のトリと聞いても客のこちらは違和感があまりない。足を運べる方は行ってみてはどうだろう。

 

末広亭へ行くと楽しみにしている先の番組表ももらってきた。二月上席は落語協会の百周年記念特別興行、中席の落語芸術協会の興行では、昼席に愛楽師匠出演、伯山さんも講談の交互出演。夜席は兼好、王楽、萬橘3師匠の交互出演がある。王楽師匠は2月20日に七代目三遊亭円楽襲名ということで、王楽で見られるのは最後だ。1月下席のプログラムの「今月の寄席集め」にもこの話題が載っていた。

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帰宅した後、読もうと思っていた『続・聞書き 寄席末広亭』を手に取ってみた。この本は末広亭を作った”新宿の大旦那” 北村銀太郎さんに取材したもの。「続」の方は銀太郎さんご本人の話なので寄席や芸人の話は『聞書き 寄席末広亭』の方が詳しいのだけれど、ひとつ太福主任を見た後だからなるほどなと思う話があった。

末広亭の前に作った寄席、六三亭の話の中で寄席の数は講談、浪曲、落語はそれぞれ時代で隆盛衰退の時期があったそうだ。

落語寄席がいまだに細々ながらのこってるってのは、笑いがあるからなんだよ。とにかく、これが強い。それと高座に色どりがある。(中略)いろんな高座が楽しめるわけなんだ。それが、ほかの寄席が潰滅しても、落語寄席だけは残り続けてきた一番の理由だよ。
引用:『続・聞書き 寄席末広亭 席主北村銀太郎 述』冨田均 編著 p157

著者が取材されたのが45年前のこと。北村氏は映画館に押されて寄席が減ったり、関東大震災や戦災を見てきた人だけれど、記憶力がすごい。大震災の後に六三亭を初めて、末広亭を続けた人の感覚と、今寄席に人を呼ぶ人達の感覚が高座や顔付けを見るとなんだか一致している。コロナ禍を超えて、笑いがある、バラエティに富んでいることで寄席に人が来ることを明確に体感しているのかもしれない。

帰りは同じ日にあった記者会見の片鱗のような言葉がSNSに少しだけ流れてきたけれど、自分のタイムラインはほどんど楽しかった寄席の話が流れていた。まだ少し対策も調整も要る時期だけど、なんだか大丈夫な気がする。

もう29日は旧正月春節)。あっという間に2月に入って節分、立春新暦でも旧暦でも太陽暦でも太陰暦でも年明け。新しい良い流れに乗っていきたいところ。

 

改めて書いてみると落語家さんの敬称を統一すると自分の感想じゃないみたいになるので非統一で書きました。さん付けだから下とか、師匠や先生だから上とかではないことをお断りいたします。