赤坂へ行ってきました。
「赤坂倶楽部」はこの席主ならではの企画。定席の寄席でもなくホールでもない落語会。

赤坂倶楽部 兼好ひとり会 昼席
一、磯の鮑 兼好
一、一目上がり げんき
一、天狗裁き 兼好
ー仲入りー
一、夏泥 枝次
一、抜け雀 兼好
この日は会場へ向かうまでが思い通りにならず一苦労。小さな苛立ちをなんとか乗り越え乗り越え疲れて到着。開演前に次回のチケットも手に入れて、席主Kさんと癒しのスタッフSさん、落語仲間とのやりとりで和んでホッとして開演。ただ、若干はしゃいでいる感がある自分を自覚。苛立ちとはしゃぎはちょっと躁の気だ。とはいえコロナ前の感じを思い出して機嫌直る。
磯の鮑 兼好
開口一番に出てきたのは兼好師匠。プログラムでは前座のげんきさんのはず。今日の番組変更が発表される。師匠が三席、ゲストは仲入り明けに。
近頃は高齢化社会を超えて超高齢化といえる世の中。平日昼席の方が客が入るのも珍しくないが、この会場は綺麗で好きだし、お客さんも案外若い!目が悪いので眼鏡がないと正確にはわからないですが、と上げて落としてワッと場が沸くひと笑い。
歌舞伎座の座席点検による公演中止の話題を引き合いに、今日の会は座敷で座布団だから中止にはなりませんと敢えて言う。後方の椅子席は壊れるかもとテキトーも添えて。
春なんだけれど夏も来そうな様子、春は陽気でおかしな人が出てくるなんてかつては言ったもんで、夏には暴れる奴が出てくる。今は両方一度に出てくるような陽気だと「磯の鮑」へ。
「磯の鮑」は冒頭から与太郎さんが昼日中から吉原でモテたいと”あったけぇ野郎”として登場する。以前TBS落語研究会で放送された時に当時の解説者京須さんが「廓ガイド」「兼好さんのわかりやすさ、朗らかさ、嫌味のなさで廓マップが面白く聴ける」と言っていた。吉原で騙されずにモテる方法を知りたいという与太郎さんに源ちゃんがひらめいて”女郎買いの師匠”に教わってこいとけしかける。
この落語は分類上一応「廓話」、吉原の話。今年は大河ドラマ「べらぼう」を見ているせいか、おのずと解像度が上がってしまう。
大門の前で提灯の火が灯るのを構えて待つ与太郎さんは、瀬川が「おさらばえ」と蔦重とすれ違った頃の前なのか後なのかと余計なことを考える。脳内で「磯の鮑」と「べらぼう」が混ざりはじめる。
落語で聴く吉原は豪華なセットの大河ドラマで見る煌びやかな情景とは見える景色が少し違う。女形が演じる歌舞伎の世界とも違うと感じる。話の目線が違うからだろうか?漫画のように展開が早いこともあるだろう。与太さんが吉原の遊び方を教わって、出かけて、上がって、花魁を口説くまでが一話完結で始終可笑しいのが落語の吉原ガイドだ。大河ドラマでは牛太郎は見かけない。落語では引手茶屋と女郎屋の違いはあいまいのままでも与太郎さんと花魁のやりとりに大笑いできる。
「べらぼう」に出てきた、通を気取って知ったかぶりでおかしな言動をする”金金野郎”と与太さん。行動は似ているのに、見栄を張ろうというところは対照的。いつの時代かわからない知識だけ仕入れて知ったかぶるより素直に手慣れた人に聞くのが良さそうだが、与太さん位聞いたまま率直過ぎると金金野郎と違う意味で迷惑な客で翌朝花魁たちの話題に上りそうだ。
あれだけコミカルな与太さんを演じながら、江戸っ子の源ちゃんも巻き込まれながら昔の遊びを思い出して指南する梅村の旦那も、牛太郎、遣り手、三枚目の花魁てこづるさん、そして地語りまで聴かせる師匠。贅沢な開口一番の一席目だった。
一目上がり げんきさん
げんきさんが名乗ると拍手、が形になりかけているらしい。個人的には名乗る段で拍手待ち、という調子は早く脱してほしい。余計なお世話か。げんきさんの線の細さなのか、最近の流行か落語会で話の途中で湧く拍手が増えた。聴くより手を打ちたいのかな。
本来開口一番で上がる前座さんが師匠の後にあがるのは兼好一門では普段通り。師匠の後に出て鍛えられる。振る舞いは慣れたように感じるのと対照的に、高座はまだまだ楽しくというよりじっと聴いてしまう雰囲気。応援継続。
天狗裁き 兼好師匠
お客さんと話していたら、時代劇の「大岡越前」を見たら加藤剛さんじゃなかったという。高橋克典さんのをご覧になったらしい。師匠は世代的にやはり加藤剛さんの印象が強いけれど、早く寝る子どもだったので正直しっかりドラマを見たことがないのだとか。
小学生時代は始まる時間には寝る。襖越しのテレビから流れるOPテーマのハミングのようなル~ル~ルルルルル~ルル~♪という曲がとても良い子守唄になった。中学になり時間的には起きていられるようになって見たいと思うのだが、やはりOPテーマが子守唄になり眠くなってしまう。落語家になって時代劇チャンネルの仕事があった。当時まだお試し無料期間だというのでやっと見れる!と思い見ようとしたが、やはりOPテーマを聞くと催眠術のように眠ってしまい、いまだにどんな話か一切知らない師匠。
師匠のこういう話は共感度が高い上に三段重ねで畳み掛けてくるので笑ってしまう。時代劇とか昔のアニメのエンディングとか今のドラマにはないどこか物憂げなテーマがよくあった。
天狗裁きは師匠の好きなネタ。その分耳慣れているところもあるけれど、今日の天狗裁きは夢が違った。豪華バージョンなのか、近頃の変化に合わせた新構成か一段二段楽しかった。
以下ネタバレ。だけれど、師匠の調子を再現することは不可能なので生で聴ける方はぜひ生で。
うたたね中の喜怒哀楽の顔を見たおかみさん。夢を見ていない八五郎から夢の話を引き出そうとしたおかみさんは大ゲンカ。その喧嘩を止めた熊さんは夢を聞き出すために人に言えない自分の夢の話をする。
黒板塀に見越しの松のお妾さんのお宅で、今日は旦那もばあやもいないからと色っぽい誘いを受け、懐いている朕(犬)を抱いてお妾さんが着替えるのを待つ。待ちきれず覗こうとすると止める声がする。辺りには誰もいない。犬を見たら顔が大家さんになっていた。さ、おめえの話も聞かせろ!無茶な展開がおかしい。
八五郎と熊の喧嘩を止めた大家さんも、夢を聞きだそうと人に言えない自分の夢を聞かせてやると話し出す。
黒板塀に見越しの松・・・さっき聞いたフレーズ。大家さんも朕を抱いて待ち、待ちきれないと覗こうとしたが、年の功で踏みとどまる。その刹那、体が軽くなったと思ったら犬になっていた。さ、お前の話も聞かせろ。
え、熊さんと大家さんの夢はどっちが先に見たのか気になり過ぎる。
話を聞かせないなら店立てだ!と長屋を追い出されそうになりお奉行さまに訴える八五郎。お奉行さまは裁きをとっとと済ませ人払いをして夢を聞き出そうとする。天井の弥七も。面倒になった八五郎は黒板塀に見越しの松・・・と話しだすと「それは熊の夢であろう!」なぜそこを押さえているのだお奉行さま。
吊るされてしまった八五郎を風で吹き飛ばして高尾の山中に連れてきた天狗様。いちいち語尾がこだまする山中感が楽しい。人間の夢の話を、聞きとうはないが聞いてやってもよいぞ!と上から目線なのに、八五郎が見てねえんでと拒むとやはり自分の夢の話をしようとする。八五郎、そこは止めずに天狗の夢を語らせて欲しい。天狗はどんな夢を見るんだろう?
話の大筋は変わっていないのに、夢の話に輪をかけた一席。また聴きたい。
仲入り
座敷に座布団だと足が痛む。筋肉量が減って痛さが強くなった気がする。筋肉をつけたい。開演前同様にKさんSさんと先輩と雑談。さほど話すわけでもないけれど安心して話せる人達がいるのはうれしい。弥七で思い出してそういえば師匠のマクラには時代劇の人が出てくる。新幹線で見かけた由美かおるさんが入浴シーンしてたのはご存じだった。あ、どっちも水戸黄門か。そういう雑談。大岡越前はあちこち顔出していろんな人が演ってるから他の役柄も混ざって余計に混乱する。
落語会にはひとりで出かけて落語の間だけ笑ってひとりで帰るのも不思議がない人間だったけど(それでも十分楽しいのだけど)、一期一会も程よい距離とノリも心地いい。元はつきあい悪い方だけど、客席はなにかしら共通項もあるからか、知らない同志で他愛ない会話するのも一興だ。
夏泥 枝次さん
仲入り明けに上がった枝次さん。当初の番組では前半に一席出て帰るはずだった。それが楽屋入りして兼好師匠と話すうち、あれよあれよという間に後半最初の出番になっていたのだとか。詐欺ってこんな感じなんだろうな、と思ったそう。兼好師匠が笑顔で話しかけてくるとなんでも受け入れてしまいそうな魔力を感じるらしい。
去年兼好集で出た時はだいえいさんだった枝次さん。最近改名となった話を。師匠は春風亭百栄師匠、大師匠が栄枝師匠で、栄枝師匠の前名が「枝二(えだじ)」だったのだそうだ。どこか変わった師匠だったそうだ。
デッキブラシの柄を杖にしていて既成のものを贈っても使わなかった。生前の栄枝師匠から何度も「コタツが稽古にくるから」と聞いていたので入船亭扇橋になった小辰さんのことだと思っていたら扇橋師匠は稽古はつけてもらったことがないらしい。「稽古に来るコタツ」は誰だったのか。
百栄師匠がアメリカで寿司職人していた店にやってきた栄枝師匠の話も以前聴いたことがある。なかなか落語家エピソードとしてはぶっ飛んでいたので、この一門は平気な顔して話すマクラが見逃せない気がする。久しぶりに百栄師匠の高座も聴きたい。
近所のライフへ行ったら林家ペー先生に遭遇した。正楽師匠没後、落語協会の色物で筆頭になった先生に挨拶をと思いお声をかけると「だれ?」となり、百栄師匠の名前を出しても栄枝師匠の名前を出してもわかってもらえなかった。それでも次にまた寄席で会った時にご飯でもと言ってくださったが、多分その時には同じ「だれ?」の件を一通りすることになるだろう、と枝次さん。時々思うけど、枝次さんの語り口には兼好師匠とは違う毒性がある気がする。率直性の毒を感じる。面白いけど。
ペー先生もお元気とはいえ、落語協会の会員数と寄席で出会う芸人の数考えても全員わかるとは思えない。個人的に思うのはペー先生はテレビで売れてる芸能人に関心がある人ではなかろうか。広い守備範囲と誕生日の記憶力は先生の関心範囲限定能力だろう。後輩全員の名前覚えるより興味ある人の方向いている人だと思う。これはこちらの毒舌か。
久しぶりに聴いた夏泥。兼好師匠のものとはテンポも存在感も違って感じる。落ち着いた調子で話が運び、一席が長く感じたのは枝次さんの低い声の効果か。
抜け雀 兼好さん
昇進のタイミングでもなく名前を変えた枝次さん。名前を変えるとその話でマクラが5分は持つから、また何か月毎かに変えるのもいいかもしれないといい加減炸裂の師匠。
ただ最後に「志ん生師匠みたいに」とつける辺り変に説得力がある。志ん生師匠は借金逃れ説があるけれど、戦争前後の頻繁な改名は他にもあったらしい。縁起担ぎか借金逃れか。
それこそ、枝次さんの一門は林家正蔵、後の彦六師匠のご一門でもある。彦六師匠も二ツ目の途中で三代目 三遊亭圓楽になって、真打昇進後も節目で何度か名前を変えた方だ。初めて生で落語を見た日に「お手に持つにはならないので」という言葉で好二郎さん(兼好師匠)の名前をしっかり憶えて帰った身としては、改名は昇進にしろ襲名にしろもう一度覚えてもらうことになるのがご苦労だろうと思う。
三席目は「お泊りさんではございませんか」で始まる旅の話、抜け雀。
兼好師匠の抜け雀は何度も聴いているので耳慣れている分、以前との違いに反応する。近頃一息で話せる長さが変ったとか、口が回りにくいとか年齢的な変化を口にされることがある。たしかにテンポや調子が少し変わったと感じることもある。
けれど言葉を整理してスッキリさせているように聞こえるな、とか推察しながら聴くのも楽しい。今回は「目ん玉くりぬいて銀紙でも貼っとけ」とか摺った墨の良い香りとか。考えてみたら「初めて目を褒められました」になればさほど繰り返さなくてもいいのかも。
いつだったかずいぶん前に、あまり演らない話も、時々演ってみると話の方が合ってきたり、今に合った調整に気づくから時々やった方が良いと先輩から言われた、というような話を聞いた覚えがある。落語でなくてもそうだなと思った記憶。
あくまで推察は推察でしかないけれど、それができる余白とバラエティに富んだ仕草と表情がある高座。存分に楽しませていただいた。
次回の赤坂倶楽部 兼好ひとり会は6月25日(水)15時。限定60席の会なのでお早めに。
先日ミニチュアポスタースタンド作った7/1の夏の四景 夜の部も残席僅かとのこと。トリが兼好師匠だそうです。

落語帰りは頭がヘトヘト。先輩に体調を話すと先輩方の方が元気で話が伝わらない始末(笑)頭が落ち着いて、文章にして、公開する、がなかなか大変。楽しいを楽しかった!にするには体力が相当助けてくれたんだな。落ちてから気づく。笑うのは大事、笑う体力があることが大事。歩けば楽しいし、落語で笑ってるのは変わらないのに。調整が必要だ。
良い陽気のうちに散歩したいのに、花の季節の花粉、春の嵐と一緒に黄砂、落ち着きそうと思ったら夏日。お日様で疲れるのも体力つけたら落ちつくのだろうか。睡眠の質問題もあるな。ボヤキが増えてる。やれやれ。