先週大阪へ行ってきた。
なんばグランド花月で桂かい枝師匠の芸歴三十周年記念の落語会があるというので、尾坂の友達と一緒に行くことにした。
何か月か前にチケット手配して、調子の悪い体調に良くなる目標になったらいいなと思った。
しばらく帰省もしてないし、調べたいことがあり故郷の静岡にも寄ることにした。
ふだんなら旅でもひとりが気楽でいいのだけれど、大阪で友達と行くことにしたのは、少し体調が不安だったこともあった。
家に泊まったらいいと言われて戸惑ったけれど、おじゃますることにした。
落語友達ではあるけれど、落語以外にもと遊びに行く先が増えていき、体調次第だと伝えたけれど、伝わっているか心配になったりした。
旅行へ行く前の週はやっと来た寒さもあってか調子が悪かった。静岡で会おうと思っていた人はしばらく連絡がなく、直前にようやく確認すると都合が合わなかった。予定を詰め組むよりはいいと思った。
準備はできるだけしたはずだ。あとは楽しもうと出かけた。
出かけてしまえば楽しいに決まっている。
静岡に着いて弟と合流してまずはお墓参り。良い天気で気温は11月下旬にしては暑い位で父方母方両方のお寺を回れた。
お墓参りの後ドライブがてらお茶の里で食事をし、弟に調べものをする大きな図書館まで送ってもらう。
別れて図書館へ入ろうとすると休館日。休館になりそうな平日だったから何度か確認したはずなのに、特別でもない定期の休館日だった。
仕方がないので、早く調べ物が終わったら行こうと思っていた静岡市立歴史博物館へいくことにした。時間があるので目の前の駿府城跡の公園に久しぶりに入る。景色も天気も良いけれど、図書館同様に庭園や展示がある場所は休館日ですぐに歴史博物館へ移動する。特別展を時間をかけて見たけれど、時間を持て余して次の移動までを過ごした。
大阪では到着からずっと友達と一緒に過ごしてたくさん話を聞いてもらった。快適なお家でいい環境だ。なんだかんだ大阪らしいものもたくさん見れた。
盛りだくさんに急に電池切れして、最終日に反省した。楽しすぎる時も疲れに気づきにくいことを思い出した。ずっと人のペースに合わせて一生懸命でいることに気づかずに体調を崩す。外見上あまりわからないのも周りのにはやっかい。楽しいことでも厳しいことでも調子を崩すことがあるのは変わらない。自分のペースを保てる時間が必要。調子が良かった時期は問題が起こらないからいつのまにか忘れてしまう。思い出すのに時間がかかるけれど、重要な体が出すサインでもある。
なんばグランド花月の落語会は華やかで、見届けられてよかったなと思った。お祝いの拍手をたくさんした。ただ、見事な松羽目の舞台の高座の部分だけ見えなかった。座った席の前の方が大きくて。大阪まで来てこれか、と拗ねた。まるで見れなかったわけでもないので、その場に参加できてよかったと劇場を出た。ただ、今回の旅行は、気をつけたつもりだけどお腹もスケジュールもいっぱい過ぎていた。帰りは新幹線で帰宅して数日はとにかく余計なことせずに休むことに努めた。
後から考えると「今はこれぐらいなんやで」と見せられたんだと思う。自分の状態を。現象として。欲張ってると。そう解釈した。
静岡と大阪で思うようにいかなかったことがスムーズだったら、もっとピキャー!っと「はしゃぐモード」で勢いづいたかもしれない。そうなったら、後は大変なことになったかもしれない。
この数日外に出て、紅葉を楽しむぐらいに過ごせている。大阪のみんぱくのベンチでため息ついていた自分から考えると、上手く気持ちが切り替わった気がする。上手くブレーキを踏みながら旅行の時間も過ごせたのかもしれない。
面倒見の良い友達と過ごして、過干渉気味だった母とのことを思い出した。有難かったことも思い出したし、上手く意思疎通ができなくていまだに苦手なこともある。愚痴も含めいろんな話を聞いてもらって、住む環境も大事だなんだなと思ったり。
せめて過ごし方だけでもマイペースにできるとか、日中外に出ないような環境で長く過ごさないで済むようにして、知らない間に疲れや気持ちがわからなくらないようにしておきたい。
太陽の塔へ向かうモノレールから見た山々と淀川がきれいだった。